小説

『憑きびと』コジロム(『死神』)

「な、何言ってるの。この子は!」
そのあと母は顔を引きつらせながら、必死に取りつくろっていた。
この子はおばあちゃんのことが好きで、どこか行っちゃってさびしいといつも言っているとか何とか。
どこか行っちゃってさびしい? 何を言っているんだろう。ここにいるじゃないか。

母はぼくの手を引っぱるようにして、その場を離れた。
振り返ると、熊谷のおじさんはそこに立ったまま、いつまでもぼくを睨みつけていた。

家に帰ってから、ぼくは母にひどく怒られた。
仕事から帰ってきた父も、母の報告を受けて、さらにぼくを怒った。

そのあとで母がぽつんと言った。
「熊谷さんのおばあちゃん、やっぱり行方不明なんかじゃなくて……」
バカなことを言うな、と父が叱った。しかし母かまわず続けた。
「前から噂になってたのよ。息子さんがアレしたんじゃないかって。おばあちゃんを怒鳴りちらしてる声が、うちにまで聞こえてくることあったもの」

そのあとぼくは両親に、今後いっさいそういうことは言わないように、と固く約束させられた。
それから熊谷さんの家の前もなるべく通らないように、とも。

ぼくが変なものをたまに見るということを、両親は前から知っている。
テレビに出ている人の中に、そういう人がたまにいるから。

Mという演歌歌手の後ろにはいつも、女の人が立っている。
ぼくは初めてMを見たとき、そういうコンビなんだと思った。
それにしては、女の人は最後まで後ろに突っ立ったままで、踊るわけでも歌うわけでもないので変だなあと思っていた。
それから、今ワイドショーの司会をしている人のうしろにも、40か50くらいの小太りの派手なおばさんが立っている。
そういう変なもの、というか幽霊? の正体が何となくわかったのは、休みの日、父といっしょにテレビを観ていたときだった。
それは終戦記念日か何かの特集で、元日本兵というおじいさんがインタビューを受けていた。
おじいさんの周りを何十人かの人が囲んでいた。
みんな貧乏そうで、やはり顔色が悪く、淋し気だった。

それを見たときようやく、ぼくに見えていたものは、殺された人の霊らしい、と思い至ったのだ。

熊谷のおじさんは、おばあちゃんを──つまり、自分のお母さんを殺したのだと思う。

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