小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 最後の撮影に選んだのは近場の公園だった。昼間の日射しが眩く降り注ぐ明るい場所。
 正直、何処でも場所は良かったのだが。
 覚えているだろうか、君は。いや、その筈はないか。沢子を初めて見た場所だったと言っても。

「準備はいいか?」

 カメラのセッティングを終えた先輩が訊いてきた。真顔ながら目元が優しく見える。こんな撮影にも滑稽に笑いもせずに付き合ってくれた。そんな先輩に感謝だ。

「ええ、大丈夫です」
「本当にいいのか」
「……ええ、それも大丈夫」

 心配げの問いに力強く頷いて答えた。そして目の前のレンズに向かって真っ直ぐに顔を向ける。

 何もかも終わらせるのではない。これから全てが始まるんだ。
 願わくば君にも聞いていて欲しい。こんな情けない自分の決意を。
 そして本当に有り難う。今更ながらの君に贈る言葉だ――。

 

 
「皆さん、こんにちは。
 映像作家であり製作をしていた笠原直樹と言います。
 私はずっとある映像を製作していました。所謂、心霊動画という物です。
 本来なら偶然に映り込んだものをそう言いますが、それを意図的に創り続けてきました。
 ペテン。そう捉えられても仕方ありません。実際、作り手側である僕も良心の呵責があったのは否定できません。
 しかし今間で創り上げてきて作品自体に後悔はないです。どんな形であれ一つのエンターテイメント。観て頂いた方々に様々な想いを提供出来たと自負しています。
 そして何より自分の技量向上の修練だと。これから先、皆様にもっと夢に満ちて、更なる感動をお届けできるようになる為と思って続けて来ました。
 ただ一つだけ後悔があるとすれば。
 それは私の動画製作に関わったスタッフ、出演者の想いにどれだけ答えられたかと言う事です。
 私の作品達の一番の立役者。そして役者として才幹溢れた女優がいました。
 嶋沢子。彼女は誰よりも監督としての私を信頼してくれ協力してくれて。
 私も女優としての彼女に惚れ込み信頼し、大きな夢を共有する大事な仲間。
 ……そして僕の本当に大切な人でした。
 彼女はもういません。不幸な事故で亡くなってしまいました。

 ……彼女を失って色々な事を気付かされます。いや気付かないフリを為ていた事を。
 女優としての彼女の成功を願いつつも、女性としての彼女の幸せを考えられず。いや共存出来ないという思い込み。
 全てが手元にあった筈が今は全てを失って。ようやくと本当の想いだけが残されているのに気付いたんです。
 それは僕は彼女の映画を撮りたかったと言う事。女優として最高の人で、女性として掛け替えのない人の為の。

 でも、もうそれは出来ません。
 でも、僕もそれで終わりではありません。

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