『境界枠』
和織
(リルケ『窓』)
テーブルを片づけながら、外を見るフリをして、五角形の窓の中にいる、小さな蘭子さんを盗み見た。空は曇っている。ここにいるときは、天気は悪い方がいい。外が暗い方が、店内にいる彼女が、そこに濃く映るから。これは、誰にも言ったことのない事実だ。僕の中にしかない事実。
『蛇と計画』
和織
(『アダムとイヴ』)
僕にはあの蛇の気持ちがよくわかる。全てはイヴの存在が招いたこと。イヴがいなければ、彼女を騙した蛇は、自身でずっとそれに気づいてはいながらも、何とかその狡猾さを抑えていられたかもしれない。翼を失い、地に這いつくばって生きることにはならなかったかもしれない。
『王子さまの手紙』
和織
(『星の王子さま』)
金の髪の少年を追って、王さまとうぬぼれ男と実業屋が、地理学者の星へ辿りつきました。地理学者のもとには王子さまからの手紙があり、そこには点燈夫を助けてあげてほしいとの言葉がありました。そこにいる誰もが、その問題の解決に協力出来そうです。
『晴れた夜の習慣』
和織
(『夢』リルケ ライネル・マリア)
決して僕を見ようとはしない君が、晴れた日の夜だけ、僕を見てくれる。けれど僕を見つめながらも、それが僕なのだと、君が気づくことはない。
『ジョバンニの弟』
和織
(『銀河鉄道の夜』)
めくらで、もらわれ子のカムパネルラは、お祭りの夜布団の中で泣いていた。すると何か聞こえてきて、気がつくと誰かと汽車の中にいる。その青年は、ここにあるものはめくらのカムパネルラにも見ることができると言う。そして、自分はカムパネルラの兄であるジョバンニの友人だと……。
『ふつうの国のアリス』
汐見舜一
(『不思議の国のアリス』)
自分の容姿を醜いとは思っていませんが、やはり美しいとも思っていない私に、アリスなんて名前は荷が重すぎるのです。たしかに最近は、もっと『強烈』な名前があると聞きますし、それに比べれば普通なのかもしれませんが……。
『桃太郎Take2』
散田三郎
(『桃太郎』)
「うれしいな。ぼく、桃太郎さんと同じ生まれ方をしたんだ」祖母は反応しない。「じゃあぼく、いつか鬼を退治に行くよ」祖母は反応しない。「そしてね、鬼を退治したら、お殿様から褒美を貰って、それをお祖母さんにあげるよ」祖母は反応しない。「それで、その、ぼくの入っていた桃はどうなったの」
『綿四季』
音木絃伽
(『枕草子』第一段)
春は気持ちがふわんふわんする。落下を待つジェットコースターとおんなじで、下腹辺りがむずがゆくなり緊張と不安に憔悴するくせに、今か今かと目前の壮快疾走に期待して心が躍る。落ち着かないので酒を飲む。梅酒とか花梨酒とか春は果実酒が飲みたくなるー変化する気持ちと季節と鞄の中身のおはなし。
『面影』
野本健二
(『鶴の恩返し』)
寒くなってくる季節のある日、女は夕食の支度を始める。何度も何度も繰り返して来たルーティーンである。その日は、彼のための夕食を作っていた。一段落し、今度は編み物を。そこに彼が歩み寄ってくる。今日は10年の記念日だと言う。その時、玄関のベルが鳴って、やって来たのは……
『悪者たちの竜宮城』
ききようた
(『桃太郎』『こぶとり爺さん』『花咲じいさん』『浦島太郎』)
海の青さは照らされた太陽の光と澄んだ空気によってより一層映えている。欲張りで有名な爺さんと、両ほっぺに大きなこぶを持つ爺さんは、そんな海辺で焚火をしながら冬の寒さに耐えていた。すると、近くの藪から鬼が現れ…
『桜の樹の隣には』
双浦葦
(『桜の樹の下には』)
十二月、未明。都内で一人暮らしをする大学生から通報が入った。声は静かに告げた。隣人が人を庭に埋めている――。現場となったのは古いつくりの一軒家。その庭には、巨大な切り株と、懺悔する男がいた。
『てぶくろを編んで』
とみた志野
(『手袋を買いに』新美南吉)
透は、父親の死を機に実家の人形屋を継いだが潰してしまい、今ではさびれかけた商店街の「ぬの屋」で働いている。ある日、「ぬの屋」に小さなからくり人形が訪ねてきて、手袋が欲しいと言う。かつて透が作った人形だ。
『プラネタリウムの空』
中野由貴
(『シンデレラ』)
人間の欲望はあらゆるものを実現可能にする力を持っている。昔と同じ姿をしていても、それは必ずしも同じではない。科学の発達は人間の寿命まで奪ってしまった。こんな時代だから人間はずっと死ぬまで疲れていなくちゃいけない。
『コンの銀杏』
鴨カモメ
(『ごんぎつね』)
いたずら狐のコンと百姓の兵十。コンは自分のいたずらのせいで兵十の母親が死んでしまったと思い、人間に化けて兵十の世話をやく。そうと知らない兵十は変化したコンに恋をするが……。銀杏の木に見守られながら、孤独なコンと不器用な兵十の恋が動き出す。
『ふくらはぎ長者』
薪野マキノ
(『わらしべ長者』)
駅前のバスターミナルにある長いベンチの下に、ふくらはぎがひとつ落ちていた。筋肉質で少し太めの、ちょっと毛深いふくらはぎだった。くるぶしや膝をどうして失ってしまったのだろうか。 見当もつかない。
『ミスター・ワンダフル』
中村吉郎
(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)
葬儀屋の海老名勝はケチで毒舌、ほとんどの人から良く思われていない。クリスマス・イブの夜に、かつての共同経営者で7年前に亡くなった筈の丸井さんが勝の前に姿を現わし、勝の寿命が今日迄であることを告げる。そしてこれから3人の来訪者があることを伝えるが、その3人とは……
『ザ・ガール・ネクスト・ドア』
中村吉郎
(『鶴の恩返し』)
アルバイトで生計を立てるミュージシャン志望のケンジ。ある日、電車で男にからまれていた女性を助ける。偶然、彼女はケンジの斜向かいの部屋に住むカリナという女性だった。翌日からケンジの部屋のポストに毎日現金1万円入りの封筒が届けられる。自分を詮索しないで欲しいとケンジに頼むカリナ。
『吾輩は亀であった』
じゃいがも
(『浦島太郎』『吾輩は猫である』夏目漱石)
わがままでやりたい放題の乙姫様と乱暴者の浦島太郎。竜宮城で三年ものあいだ乱痴気騒ぎを繰り返したあと、ついに二人はけんか別れ。亀に地上まで送り届けてもらった浦島は、乙姫から渡された玉手箱を・・・
『町が見た夢』
戸田鳥
(小川未明『眠い町』)
領土を奪われた若い王は、美しかった領土を守ろうと旅に出る。王を追った姫は魔法のかかった眠りの砂漠で砂を吸い、そのまま何年も眠りについてしまう……。
『日出ずる村の記』
虫丸尚
(『聖徳太子伝記』)
古代より大和と河内の国境であったK村のとある旧家に生を享けた“私”。今、鮮明によみがえる幼い日の記憶。夜の闇に遠のく白装束の両親の背中。「弁天さん」と呼ばれる村の鎮守である塚穴。歴史は受け継がれていく…
『わらしの思い出』
岡田千明
(『座敷童子』)
都心を離れ、田舎暮らしをはじめようとする夫婦。訪れたのはかつて夫の祖父母が暮らした土地だった。不動産屋に案内された家からは、どこかぬくもりを感じる。彼はその夜、久しぶりに母に電話した。
『兄妹が産んだ誓い』
梶野迅
(夏目漱石『吾輩は猫である』『浦島太郎』)
ある夫婦の間に悲しい運命を背負った男の子が生まれた。それは男の子が何か動く度、沢山の人が傷付くというものであった。その子の名は「戦争」。男の子は人が傷付く姿を見て、この世から消えたいと願っていた。ある日、お母さんはお父さんに渡してはいけない贈り物をする。それを見た男の子は……
『長靴に入った猫』
卯月イツカ
(『長靴をはいた猫』)
父が危篤という連絡をもらい、病院に駆け付ける。父はその日のうちにあっけなくいってしまった。あまりのことに泣くことも出来なかった。葬儀を終え、実家で遺品の整理していると、ベランダのから猫の鳴き声が。
『霧の日』
化野生姜
(『むじな』)
霧雨の降る中、爺さまと俺は電柱の影でうずくまる女を見た。女はうずくまったまま、微動だにしない。俺は爺さまにあれは何だと聞いた。爺さまは言った。「…坊、あれは『むじな』だ。人を騙す獣だ。」と。
『野ばら』
化野生姜
(『野ばら』)
大きな星と小さな星の境に、一つの星がありました。星はとても小さく、また資源も乏しかったので、二つの星の住人は星の面積を半分に分けると、お互いに兵士を一人ずつ送り国境として守らせることにしました。その国境の境には野ばらが植わっていたのです…
『狸釜』
化野生姜
(『ぶんぶく茶釜』)
「ほら、出てきましたよ…。」そう言うと、住職は嬉しそうに障子の隙間を指差した。どろりと濁った目。開いた口からだらしなく垂れさがった舌。のたうち回るといったほうが適切なほどの、あの奇妙な動き。私は、あの茶釜から出た狸に何か不穏なものを感じずにはいられなかった……。
『開かずの座敷』
化野生姜
(『見るなの座敷』)
泰三爺さんが床につくと、家族は最後を看取るために彼のまわりに集まった。四世代の大家族。泰三はその最後に満足を感じながら部屋の中を見渡してある一点に目をとめた。「開かずの座敷」、「見るなの座敷」…。そう、その場所は昔からそう呼ばれていた…。
『尾を持つ娘』
化野生姜
(『赤い蝋燭と人魚』)
土間の戸を開けたとき、つんとした磯の臭いが鼻についた。男は娘が来るのを待っていた。魚の尾を持つ娘がいる話を耳にし、檻を持ってろうそく屋を尋ねてきたのだ。しかし、障子戸から聞こえる老夫婦のささやきは男の抱く考えとは裏腹に、恐ろしい事実を浮き彫りにしていくのであった……
『怪鳥ヲ射ル事』
化野生姜
(『太平記/広有射怪鳥事』)
インターハイを決めた「私」は夏休みも弓道の練習に明け暮れていた。そして今日も長い射場の廊下を進み、矢を射る。そんな中、朱色と黄色の混じった妙な羽と五本もの鋭く尖ったかぎ爪を持つ奇妙な鳥が、「私」と的とのあいだに入るように舞い降りてきてこう言ったのだ、『いつまで』と…
『泥棒ハンス』
化野生姜
(『おしおき台の男』)
ハンスはそこそこ名の売れた泥棒であった。盗めない物はなかったが頼まれない限り進んで盗むような事はしなかった。そしていつも酒場の奥で安ビールをすすっていた。ある日、ハンスは死体を盗んで欲しいという依頼を受ける。