『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)
ツイート 「あー今年が終わる……」 部下の加藤の、聞こえよがしの独り言に 「知ってるよ。来週はもうクリスマスだ」 と、私が何の変哲もないツッコミを入れた時点から、たった二人しかいない零細おもちゃメーカー企画部デザイン課 […]
『夜叉ヶ池』南平野けいこ(『夜叉ヶ池』)
ツイート 私は龍の背に乗り、揖斐川を上っていた。 青光りするうろこでびっしりと覆われた龍の背中は、硬くてひんやりとしている。龍は水面すれすれを滑るように川の流れを遡っていく。鋭い風が耳を切る。ときどき水しぶきが顔にか […]
『子豚の正しい作られ方』馬場万番(『三匹の子ぶた』)
ツイート 三木信孝は鼻息を荒くして帰り道を急いでいた。 今日は魔法少女モモカの放送日だろう。帰りがけに残業を押し付けるなんて、信じられない。用事があると断れば「その用事は何だ?」なんて聞くのはパワハラだ。今度、人事に […]
『桃を買ったクレーマー』すかし・ぺー夫(『桃太郎』)
ツイート 「では、そちらの落ち度ではないと?」 出来るだけ低く抑揚のない声で言う。口角を上げて怒りを潜らせる。 幾度ものクレーム電話をかけてきた熟練の技だ。 「ええ、うちらとれたての果実をひとつひとつ人の手で個包装し […]
『大きな小松菜』田中田(『大きなカブ』)
ツイート 東京都23区の片隅で車がギリギリ通れるくらいの住宅街の中に突然こじんまりとした畑が現れる。その畑を独りで耕すおじいさんの名前は高橋平治。数十年真面目に勤めた会社を退職してから暇を持て余し、代々受け継ぐ自宅とは […]
『泥棒ハンス』化野生姜(『おしおき台の男』)
ツイート ハンスはそこそこ名の売れた泥棒であった。 盗めない物はなかったが人から頼まれない限り自分から進んで盗むような事はしなかった。そうしていつも酒場の奥に陣取っては安いビールをちびちびとすすっていた。 ある日のことだ […]
『一寸法師』小椋青(『一寸法師』)
ツイート 小さいままでいられればよかった。最近、思うのはそのことばかりだ。自分の体を持て余すたび、そういう気持ちになる。小さかった頃の方がずっと、体も心も機敏だった気がする。 もちろん、今の状況はありがたいことではある […]
『幻影団地』実川栄一郎(『むじな』『のっぺらぼう』)
ツイート 電話をかけてきたのは、私が以前勤めていた出版社で、雑誌の編集長をしている男だった。 「えっ、団地で幽霊?」と、私が聞きかえすと、「ああ、ここ数か月の間にもう何回も出ているらしいんだ」と、編集長は言った。 「そ […]
『120』小岩井巌(『メリイクリスマス』太宰治)
ツイート 平日とはいえ、その小さな映画館のレイトショーはぎゅうぎゅうの立ち見で、間島と森下は勤務後にもかかわらず、館内の一番後ろに立つことになってしまった。 参ったなあ。間島は思った。そんなに話したことのない同僚と来るよ […]
『輪廻』沢田萌(『源氏物語』)
ツイート 火葬の場面は映画のワンシーンみたいに覚えている。 火葬炉の前に安置された白い棺、喪服を着た大人達とすすり泣く声、炉の観音扉が開いて、棺が炉の中へ入れられると、ゴッーという音と共に泣き声が大きくなっていった。 […]
『幸せ半分』吉倉妙(『ぶんぶく茶釜』)
ツイート むかしむかしのお話。 まん丸月の明るいある夜、茂林寺の和尚さんのところに、一匹の狸がやってきた。 「おお、ぶんぶくか。久しぶりじゃのう」 「ご無沙汰しておりました、和尚さん」 「うまい事いっているようで何よ […]
『罪深い作家たち』楠本龍一(『不思議の国のアリス』)
ツイート 私はただ「アリス」について書こうとしただけだった。でも今はそうしようとしたことを後悔している。 「こういうことになれば、誰だって後悔するに決まってるわ」 そう呟いた私の声は異様に細長いホールに吸い込まれて消えた […]
『悪者たちの竜宮城』ききようた(『桃太郎』『こぶとり爺さん』『花咲じいさん』『浦島太郎』)
ツイート 二月四日。海の青さは照らされた太陽の光と澄んだ空気によってより一層映えている。そんな海辺で、欲張りで有名な爺さんと、両ほっぺに大きなこぶを持つ爺さんは、焚火をしながら流れる風の冷たさに耐えていた。 そんな折 […]
『琵琶のゆくえ』森江蘭(『耳なし芳一』)
ツイート そろそろ、軒先の風鈴を片づけなければ。 暮れゆく夏の終わりの日差しが、店の中にまっすぐに届いている。 今日はお客の少ない一日だった。りん、と風鈴が鳴り、さて、今日もそろそろ店じまいと腰を上げたとき、がら、 […]
『ピエロと蜘蛛の糸』阿倍乃紬(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
ツイート 蜘蛛の糸が降りてきなさった! 興奮する頭とは裏腹に、私たちはじっと動きを止めて頭上に揺れるそれを見つめた。誰もがあの糸によってこの世界から脱出することを夢見て暮らしている。愛おしいあの繊細な糸に、できること […]
『死にたがりの人魚姫』東村佳人(『人魚姫』)
ツイート 「私、イリーナはその日も海の中で沈んだ本を読んでいた。 人間の言葉で書かれた本。人間の言葉――そう、つまり文字が読めるのは海の中で私だけ。誰に習ったわけでもないけれど、気が付いたら自然と判っていた。人魚や魚 […]
『リネン』三日月響(『蒲団』田山花袋)
ツイート 近くに最寄り駅があるにも関わらず私はこの駅を利用して10分以上歩き、通勤先のホテルに向かう。すたすたと歩くのが好きなわけじゃないけれど、都会には〝人の波〟が確実に存在していて、一方向に流れる波のリズムに背くの […]
『コウモリ女』田中りさこ(『卑怯なコウモリ』)
ツイート 店に入ってきた夏を見て、ナナが席から飛び跳ねるように立ち上がった。 「久しぶり!」 グレーのパンツスーツを着た夏は、そんなナナを見て、苦笑した。 「久しぶりって、三日振りでしょ」 「やぁだ。同級会は三日前だ […]
『弁当』沖原瑞恵(『桜桃』太宰治)
ツイート 親よりも子が大事、と思いたい。親からみれば子供はいつまでも子供であろうが、そうは言ってもこの世に生まれ落ちて十五年が経つのだ。生まれた時代が違えば、名を改め成人の儀を済ませる頃だ。それだけ生きれば親よりも大人 […]
『ネコソーゾクの兄弟』楠本龍一(『長靴を履いた猫』)
ツイート 今日、父が死んだ。そう電話で知らされて田舎の家に駆けつけ、慌ただしくも葬式まで終わると、それまで集まっていた親戚一同も潮が引くように引き上げてゆき、長兄、次兄と三男の俺だけがガランとした部屋に取り残された。三人 […]
『流星のサドル』宮澤えふ(『蒲団』田山花袋)
ツイート 芳子が去って二年が過ぎた。 私はすっかり創作意欲を失くしているのだが、細君と子供たちを養うためには何か書かねばならない。必死の思いでつまらぬ小説を捻り出し、なじみの編集者が義理で雑誌の片隅に載せてくれる。な […]
『私の頭の上の話』坂本和佳(『鼻』芥川龍之介/古典落語『頭山』)
ツイート 1 遅咲きの新人女性脚本家、坂本和佳(さかもとわか)はある日、鏡で自分の姿を見て仰天した。なんと自分の頭に富士山が生えていたのだ。幸い、病院でレントゲンを取ると脳や頭蓋骨にはなんら影響はなく、また富士山自体も […]
『ユニフォーム』山本康仁(『笠地蔵』)
ツイート 夏休みが終わると、商店街はいつもの通学路に戻っていく。学校帰りの学生たち。さっそうと駆け抜けるママチャリの群れ。レジに肘をつき、窓辺の猫のようにわたしは通りを眺めていた。 隣り街にショッピングモールができて […]
『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)
ツイート もう車に五時間は乗っていますが、お父さんは「やっと半分くらいかな」と言っているので、さらにもう五時間くらい車に乗っていなくてはならないのでしょう。 いまは春休み中だというのに、私はとても憂鬱です。これが旅行な […]
『死んだレイラと魔法使い』本間久慧(『シンデレラ』)
ツイート ぼくは寝ているとき、眠りながら笑っているそうです。以前つき合っていた彼女に、気持ちが悪い、と言われたことがあります。たぶんぼくは、良い夢でも見ていたのでしょう。目が覚めたときには、全て忘れているのですが。 […]
『三年目の彼女』近藤いつか(落語『三年目』)
ツイート 亜子さんはハチミツの香りのする変人だ。 「ねえ、歯茎見せてよ」 人は亜子さんのことを美人だという。亜子さんに出逢った男は、こんな素敵な女性に巡り会ったことはない、と頬を赤くして賛辞を送るのだが、翌日には真っ […]
『クリスマスの聖霊たち』和木弘(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)
ツイート 俺はクリスマスが嫌いだ。 独身の五十男にとって、クリスマスにいったい何の意味があるというのだ。ましてや失業中の我が身にとって、街の浮かれた風景は目障りでしかない。 むしゃくしゃした気分で、俺はハローワーク […]
『人魚姫』山口みやこ(『人魚姫』)
ツイート いつどこに暮らしても、何となく窮屈に感じてきた。子供の頃からだ。私にはそれなりに仲の良い両親と姉がいるし、経済状況だって恵まれている方だと思う。容姿が際立って良い訳でも悪い訳でもない。格別窮屈に感じる要素など無 […]
『桜木伐倒譚』大宮陽一(『ワシントンの斧』)
ツイート 法螺を吹くのが仕事の者もいれば、押し黙るのが金の種という者もいる。なかには本人さえよくわかっていないことを、傲岸不遜な態度で話すことでかえって信用され、ブルドーザーで砂をかき集めるかのごとく新たな顧客を獲得し […]
『シンデレラの父親』日野成美(『シンデレラ』)
ツイート そういえば、あの父親は裁かれたのだろうか? 新しい王子の妃は美しく気立ての良い、この上なくやさしい気質の人と評判だった。そして彼女がそれ以前に受難者だったということは人々の同情と好奇心を惹いた。継母から下女 […]