小説

『一寸法師』小椋青(『一寸法師』)

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 小さいままでいられればよかった。最近、思うのはそのことばかりだ。自分の体を持て余すたび、そういう気持ちになる。小さかった頃の方がずっと、体も心も機敏だった気がする。
もちろん、今の状況はありがたいことではある。殿様におつかえすることができ、その姫君を妻とし、人もうらやむ身分となった。両親も故郷から呼び寄せ、いい暮らしをさせている。それだけ見れば、言うことはないはずなのだ。ただ、自分に幸せだという実感がないことを別にすれば。
お勤めはそれほど難しいことではない。武芸に励み、領地をおさめ、殿様のご意向に従っていればいい。それなのに、それがうまくできない。体が大きくなってから、体重はみるみる増え、動作は鈍くなっていく。なぜそうなるのかわからない。食べ過ぎるというほど食べてもいない。ただ、小さい時とは勝手が違ってしまっている。
一寸ほどしか背丈がなかった時は、何をするにしてもたくさん動かなければならなかった。朝起きて、食卓に着くまでにもずいぶんな距離を歩き、お膳にはいのぼらねばならない。歩く人についていこうとすれば、全力で走らねばならなかった。だが、今はそれほど動かなくてもたいていのことはできてしまう。四六時中、ちょこまかと動いていた事を思うと、ずい分隔たりがある。引き締まっていた体はだらしなくゆるみ、今では人よりも頭一つ分伸びた背丈のせいもあって、のっそりとした印象が強くなっている。
頭の回転もいささか鈍くなったようだ。教えられたことがうまくできなかったり、一度聞いたことを忘れたりもする。まだ若者の部類に入るというのに、これは問題かもしれない。忙しくしているよりは、のんびりしていたいと思うことが多くなってもいる。
一寸法師と言われていた頃は、世界は巨大で、面白いことに満ちていた。同時に危険もたくさんあった。常に知恵を働かせなければ、生きのびていくことすらできなかっただろう。ネズミと戦ったことは一度や二度ではないし、猫や犬にも気をつけなければいけなかった。人間の子供も、危険な存在だった。つかまれば何をされるかわからない。相手はいたずら半分でも、こちらには致命的なケガになる可能性だってある。
 

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