小説

『一寸法師』小椋青(『一寸法師』)

 もちろん、そればかりが原因ではないかもしれない。おれがへまばかりしているのも知っているし、周りから少し馬鹿にされているふしがあるのも承知しているはずだ。尊敬も愛も、もはや姫の中には存在していないのかもしれない。それを思うと悲しい。最初のうちは、うまくいかないことがあっても励ましてくれたり、周りを思いやる気持ちがあるのがよいところだと言ってもくれた。だが、おれが大きくなった体に慣れるにつれて、家でもぼんやりとしたり黙りこんでいることが多くなると、話しかけてくれることさえなくなってしまった。後悔しても、もう遅い。
一寸の背丈だった頃に見ていた姫は、もう少し力強い感じがあった。他の人よりは小柄とはいえ、おれからすると美しいが小山のような大きさであったし、そんな女性が小さなおれを頼りにしてくれることに自尊心をくすぐられた。だが、大きくなってから向かい合った姫は、野の花のようにか弱く頼りない。その割に性格ははっきりとしているから、気に入らないことは態度に出すが、こんなはかない存在に強いことを言えたものではない。 
おれが何を言っても小さかった時は人は笑って取り合ってくれなかった。だから、自分の思うことははっきりと、強く言わないといけないと思ってきた。いざこの体になってみると、体格が大きいのと声が太くなったせいか、ちょっときついもの言いをしただけで皆が恐れおののく。相手が女ならば泣かせてしまうこともたびたびだった。それで、あまりうるさいことは言わないようになった。だが、そうすると馬鹿にされてしまう。最近では召使たちも姫の言うことばかり聞いて、おれのことをどことなく邪魔もの扱いしている気がしている。おれとしては立場がないが、どうすればいいのかわからない。おれの居場所はだんだんと失われてきていた。
 家にいても気がめいるので、一人で外出がてら清水寺にまいることにした。ここで姫を鬼から救ったということもあり、おれにとっては大事な場所である。参拝の客で混み合う中を、坂をのぼり、寺までたどり着いて手を合わせた。仏に何かを願うことはそれほどなかったのだが、今日は、昔に戻りたいと強く願った。おれの人生は大きく変わったのに、もはや危険にさらされることもなく、ちびだといって人に馬鹿にされることもなくなったはずなのに。それでも、戻りたい。一寸の背丈であった頃に。全てが可能性に満ちていたあの頃に。その背丈ならきっと姫を愛することも容易であろう。小さいままのおれを姫が嫌がるなら、そのままでもいいと言ってくれる女を見つけよう。初めて、そんなことを願った。
 

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