小説

『一寸法師』小椋青(『一寸法師』)

 打ち出の小槌があれば、と思う。あれは、どこへ消えたのか。おれが大きくなって見るといつの間にか姫の手から消えうせていた。どこを探しても見つからず、かなえた願いはおれが大きくなること、一つきりだ。あれがあれば、もとに戻ることもできるかもしれない。それを期待することもあっての清水まいりだった。だが、参拝客でにぎわう道々にそのようなものを見つけるわけもない。帰りの坂道を降りながら、おれは寂しい気持ちでいっぱいになっていた。参拝客はみな、連れだって楽しそうに歩いている。おれはこれから、どこへ行けばいいというのだろう。帰ったところで誰もおれを必要としていないのではないか。そんな思いが頭をめぐる。
ふと、目の前を馬に乗った若者が横切ろうとしているのが目に入った。同時に、小さい女の子が落とした菓子を拾おうと別の方向から飛び出てくる。
「危ないっ」
叫ぶと同時に体は動いていた。
 どうと大きな音がした。気がつくと、体はすり傷だらけになり、道の傍らにひっくり返っていた。どうにか腕に抱えた女の子は無事なようで、すぐにおれの腕をすり抜けて、親とおぼしき女のもとへ走って行った。周りでは人だかりがしている。馬に乗った若者は駆け去ったのか、姿がない。近くの店のものか、腰の曲がった老婆が、
「旦那様、大丈夫かね。」
と声をかける。おれは何とかうなずいて、気にするなというしるしに手をふり、立ち上がろうとした。その瞬間、右目の端に何かが光るのが見えた。はっとして見直すと、小さい光るものが道端に転がっている。そっと指の先でつまんで持ち上げる。目の前に持ってくると、果たしてそれは金色に光る打ち出の小槌であった。指の爪くらいの大きさではあったけれど、間違いなかった。おれと入れ替わりに、小さくなっていたのか。見つめると胸が震えた。
ああ、と思う。本当におれは、一寸の背丈に戻るのか。今ほど楽な生活はないし、誰に脅かされることもなくなったというのに。わざわざ危険だらけの世界へと戻ろうというのか。これきり、姫にも会えなくなったらどうする。踏みとどまったほうがいいのではないか。もう一人の自分が頭の中でわめいている。だが、手はそんなことを全く気にとめないかのように楽しげに動きだしていた。
そうして、おれは小槌を振った。

 

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