小説

『幸せ半分』吉倉妙(『ぶんぶく茶釜』)

ツギクルバナー

 むかしむかしのお話。
 まん丸月の明るいある夜、茂林寺の和尚さんのところに、一匹の狸がやってきた。
「おお、ぶんぶくか。久しぶりじゃのう」
「ご無沙汰しておりました、和尚さん」
「うまい事いっているようで何よりじゃ」
「はい。和尚さんのおかげです」
「いや、わしはただ……」
 何も知らないことにしただけである。
 由緒ある茶釜と称して、そ知らぬ顔で道具屋に、茶釜に化けた狸を渡した。
「なぜ、そのような由緒ある茶釜を私に?」
 貧しいが人のいい道具屋は、思いもよらない贈り物に、びっくり仰天驚いた。
「いや、その……お告げじゃよ、お告げ」
 苦し紛れ、夢の中でお告げがあった事にしてしまったが、それは全くの嘘ではない。

 今夜みたいに月の明るい晩、枕の上でうつらうつらとなり始めた頃、
「和尚さん。道具屋のところに連れて行ってくださいな」という障子の向こうからの声を、和尚は最初、何かのお告げだと思ったのである。――が、声は幼く、おずおずしている。
「はて?和尚さんと呼ぶは誰かな?」
「裏の山に住むタヌキです」
「なぜまた、そのようなことを望むのか?」
 聞けば、先日、罠にかかったところを道具屋に助けられたのだという。
 なんとか恩返しをしたいが、自分は茶釜にしか化けられない出来損ないである。
 それでも、自分は秘策を思いついた。
「ならば、直接、道具屋のところへ行ったらよいだろうに」
「恩返しだと知られたくないのです。だから和尚さん、お願いです」
 障子の向こうで、狸の影が、ペコリと深く頭を下げた。そんな姿に心うたれて、和尚は何とかしようと思った。どこかの村では、鶴が恩返しをしたという話もあるではないか。
 恩返しをしたいと願う気持ちは、鶴も狸も同じであろう。ただ、はてさて、茶釜に化けた狸が、どうやって恩返しをするのやら……。
 

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