小説

『幸せ半分』吉倉妙(『ぶんぶく茶釜』)

「この茶釜には、福を分ける力があっての、
 福を分ける茶釜――で、分福茶釜と呼ばれておる」とは言ってみたものの、実際のところ、半信半疑の和尚であったが、あれよという間に、狸は、貧しい道具屋に福をもたらした。
 茶釜から、狸の顔や手足が出てきた時は、さぞや道具屋も驚いたことであろうが、
「見世物小屋を作って下さいな。この姿で、綱渡りをしてみせましょう」という茶釜狸の申し出どおり、小屋を作って、人を寄せてみたところ、これが見事に大当たり。
 分福が「ぶんぶく」となり、ぶんぶく茶釜の噂は瞬く間に広がって、遠方からも沢山の人が押し寄せ、見世物小屋は連日連夜大入り満員。あんなに貧しかった道具屋は、人並み以上の富を手にすることとなった。
 だからといって根が優しい道具屋は、いつも重い茶釜を身にまとった狸のことを心配しては、ねぎらいの言葉をかけることを忘れなかったので、狸はますます芸に磨きをかけ、ぶんぶく茶釜の人気は衰えることがなかった。

 でも、悲しいかな。どんなに優しい心根の持主でも、人は現在の状況に慣れていく。
 ねぎらいの言葉も、いつしか、形だけになっていったけれど、それでも狸は、大切な人の傍にいられるだけで良かった。
 狸であって、狸の社会に馴染めず、変身も苦手。猟師の罠にかかった時も、自分らしい終わり方だと諦めていたところを、道具屋が親切丁寧に助けてくれた。
「可哀相に……。泣きもできず、諦めておったのか?」
 そんな温かい言葉に、狸は熱い涙を流し、なんとか道具屋に恩返ししたいと、何年かぶりに変身の修行にいそしんだのであった。
 なのに、唯一できる変身は茶釜だけ。しかも何度も練習を繰り返しているうちに、重い茶釜が身体を覆い、二度と元の姿には戻れなくなってしまった狸であったが、道具屋に福をもたらしたい一心で、見世物小屋の案に辿り着き――そうして道具屋に恩返しできたことが、狸はこの上なく嬉しかった。
 

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