小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「あー今年が終わる……」
 部下の加藤の、聞こえよがしの独り言に
「知ってるよ。来週はもうクリスマスだ」
と、私が何の変哲もないツッコミを入れた時点から、たった二人しかいない零細おもちゃメーカー企画部デザイン課は、休憩に入る。
「どうした?わかりきったことを大きな声で」
「だって、このメールが来ると実感するじゃないですか」
「このメール?」
「はい、営業部からの。ビーチボールの件ですよ」
「ああ」
 年末になると、必ず営業部から、来シーズンのビーチボールのデザインに組み込む『使用上の注意』の原稿が送られてくるのだ。
 なぜ年末?と思われるかも知れないが、水着などと同様、ビーチボールの製造も、年明けからはじまるのだ。私たちはそれに合わせ、遅くとも年始までにはデザインを完成させ、下請けの工場に送らねばならない。しかし、デザインとはいっても、スイカの縞模様や水玉などの定番デザインは毎年使い回しで、我々デザイン課の実質的な作業は、来シーズン用の最新版『使用上の注意』を、定番デザイン上にうまくレイアウトするだけなのだ。
 そして、その来シーズン用『使用上の注意』は、営業部が今シーズンのクレームなどをリサーチして、原稿を作り、いつも年末にメールしてくれるというわけだ。
 

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