小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

 インタビュアーもやはり、この商品の真の狙いがわかっていない。『クレームまんだら』はあくまでも、クレーム社会を作りつつある現代日本人への警告なのだ。
 それに、英語圏の筆頭であるアメリカは、日本とは比べものにならないほどのクレーム社会だ。もし外国人用に英語版『まんだら』を作るとしたら、ビーチボールの直径は2メートルや3メートルで済むかどうか?ともあれ、私は英語版を作るつもりなど毛頭ない。
 そして、英語版など作らずとも十分に忙しかった夏も終わり、『クレームまんだら』は空前の売上高を記録しながらも、クレームはゼロという奇跡を演じた。
 そして、また年末がやってきた。
 『クレームまんだら』は今年のヒット商品番付にも入り、私と加藤には、びっくりするほどのボーナスが出たが、それと同時に、来シーズンへの期待も重くのしかかってきた。
 おかげで、私と加藤はデザイン課に缶詰にされ、成功者にしては淋しい年末を送る羽目(はめ)になってしまった。しかし、缶詰にされたからといって、良いアイデアがうかぶわけでもなく、このところ、毎日がずっと休憩時間だ。
「今年はさすがに営業部も送ってきませんね」
「『使用上の注意』か?」
「はい」
「そりゃそうだろ。なんてったって、クレームが無かったんだからな」
クレームというものは、無ければ無いで意外と困るということを、私たちははじめて知った。『まんだら』を超えるデザインなど、そう簡単に出来るはずはなく、となれば『まんだら』第二弾を作るのが手っ取り早いのだが、クレームが無くてはそれも不可能なのだ。
 

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