小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「やっぱり英語版出します?」
「それだけはダメって何度も言ってるじゃん」
「でも売れますって、絶対!」
「じゃあ作るのか?アメリカ人用のでっかい『まんだら』?日本人用だから、直径25センチでなんとか収まってんだぞ」
「じゃあ注意書きは少なくして……」
「そうしたらクレームがきちゃうだろ?」
「だったらやっぱり作りましょうよ!直径2メートルでも3メートルでも、アメリカ人もヨーロッパ人もびっくりするような『まんだら』……じゃなくて聖書?……そう!『クレームバイブル』を作りましょうよ!」
「よし、そこまで言うなら作ろうよ、その『クレームバイブル』。でもそれ、売れるのか?」
「う……」
「直径3メートルのビーチボール、売れるのか?」
「そ、そんなの、わかんないじゃないですか」
「でもさ、会社がGO出すと思う?」
「うう……」
「ほらな?『まんだら』はあくまでも、日本国内専用なんだよ」
「でも、でも、でも!私も何とかしたいんですよ!もうイヤなんです!このプレッシャーの中で仕事すんの!」
「そんなの俺だってイヤだよ!でも、しょうがないじゃないか……」
「うーん……」
 こうして今年もまた私たちは、沈黙とため息の淵に沈んでいったのである。
 どれくらいの時間がたったろうか?沈黙のデザイン課に、内線の着信音が響いた。私と加藤は素早く受話器へ手を伸ばす。二人とも、この沈黙から何とかして逃げ出したいのだ。そして、ほんの少しだけ加藤が早かった。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14