小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「大山さん……」
「うん、どうしよう……」
 回線がパンクするほどの電話が、毎日、営業部に殺到している。しかもそれはクレームではなく、すべて注文の電話……『クレームまんだら』、まさかの大ヒットだ。
 シーズン序盤は、定番デザインと大差ない売れ行きだったが、ブログか何かで、この『まんだら』が紹介されてから火がついた。しかし、その火が人気の炎として燃え上がったのは、商品のメッセージ性がウケたからではなく、そのデザイン性ゆえであった。
 白地に墨一色で日本語の文章、しかもその内容は、ひたすらに『使用上の注意』の羅列。英字新聞デザインのようで英字新聞ではないこのデザインが、斬新かつ大胆と評判になり、梅雨明け頃には、注文の電話が鳴り止まなくなってしまった。今や下請け工場も、定番デザインの生産ラインを止めて、『まんだら』一本に絞っているほどだ。
「大成功……どころじゃないですよ」
「うん。でもなあ、当初の目的と違う売れ方をしてるのが気に入らないんだよな」
とは言いながら、自分たちがゼロから起こした商品がヒットして、うれしくないはずがない。しかも、どんなに売れても商品の性質上、まったくクレームが来ないのだから、会社の上層部だって笑いが止まらない。
 そんなわが社をメディアだって放っておかない。当然、私たちへの取材も殺到した。しかし、どのインタビュアーも必ず
「英語版は出さないんですか?」
と聞いてくるのには閉口した。
 

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