『不思議な時間の中の私』春日あかね(『不思議の国のアリス』)
ツイート これから話すことは、信じられないかもしれないけれど、昨年末、私の身に起こった話。まだ誰にも話していないから、このことを知っている者はいない。あなたがこれを読んで信じるか、信じないかは別として、とにかく、最後ま […]
『ミス鼻子』中村一子(芥川龍之介『鼻』)
ツイート 彼女の名前はミス鼻子(はなこ)。 本名はあるにはあるが、だいたいこれで通用する。 鼻ちゃんと呼ばれることもあるが、それでも接頭語に「ミス」が付く。この「ミス」は敬称ではない。ミスった、鼻。という意味である […]
『Golden Egg』室市雅則(『金の斧』)
ツイート 立った泡が次第に小さくなり、ついに水面は動かなくなった。 一面を静寂が包んだ。 それを打ち破るように泣き声が響いた。 泉のほとりで嘘をついた木こりは自分の斧を失い泣き始めた。 人目が無いのを良いことにその木こり […]
『くじの糸』青木敦宏(『蜘蛛の糸』)
ツイート 12月28日。ちらちらと風花の舞う札幌で、人込みの中を奸田太一(かんだたいち)は俯いて歩いている。彼女から借りた金をG1レースに全て注ぎ込み、懐は見事にスッカラカンだ。太一は地下街のベンチに座り込んだ。競馬新 […]
『ヤマネコの夜』藤野(『注文の多い料理店』)
ツイート ホテルのフロントで「まだ空きがありますよ」と勧められて申し込むことにしたナイトツアーは「ナイトツアー」という名称しか分からずどこに行って何をするのか全く聞いていなかった。 南国とはいえ12月のため、寒いのは […]
『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)
ツイート おら、芋が食いてぇ、 餅が食いてぇ、 まんじゅうが食いてぇ。 おじいさんは囲炉裏の傍らに寝そべり、腹のあたりをポリポリ掻きながら、そんなことを言っています。 フライドポテトも食いてぇ、 チキンナゲッ […]
『赤穂浪士にお邪魔 二十人の愉快な仲間達』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】(『赤穂浪士』『ぶんぶく茶釜』『笠地蔵』)
ツイート 時は元禄十五年十二月十四日(1703年1月30日)。 吉良邸への討ち入りを未明へと決行するに、粉雪ちらつく冬空の下で赤穂浪士の面々は、同士達が集結するのを、焚火囲んで待っていたのであります。 「う~寒い […]
『SAMURAI』義若ユウスケ【「20」にまつわる物語】
ツイート 夏目さんが泣き出したのは、三時間目の授業がはじまってすぐだった。どうしたのかと先生にたずねられた夏目さんは、震える声で涙のわけを話し出した。いきなりのことだったのと、普段まったくしゃべらない夏目さんの声を聞い […]
『20th birthday sex』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】
ツイート 二十歳の誕生日はよく覚えている。僕が初めてセックスした日だからだ。 その日は言われた通りに現場に向かい、都営大江戸線の春日駅を降りたのは午前10時だった。ケータイのマップ機能を使って支持されたアパートを見 […]
『いくじなし』中杉誠志【「20」にまつわる物語】
ツイート おれは何にしても飽きっぽくて、長く続いた試しがない。 「あんたはいくじなしだねえ」 なんて、お袋はよくいったもんだ。 そのお袋の子供でいることすら、長続きはしなかった。 十七才のときに高校を辞めて、クソ […]
『youth』村崎えん【「20」にまつわる物語】
ツイート いい年してピンクなんて、よくもまあ恥ずかしげもなく。 皿の上の小さなタコにフォークを突き立てながら、茉奈美は胸のうちで呟いた。そして同時にギョッとする。ごく自然に湧いた言葉が、親友を祝うものではなかったこと […]
『ユア・アイズ』もりまりこ【「20」にまつわる物語】
ツイート もうそれが誰のものでもなくなって、誰でもない地球そのものから借りていたものだと知ってぼんやりする。 昨日のわだちがそっと夜の帳に塗りこめられて、タイヤの痕がもうどこにもみつからない。あなたの声が、まだそのあ […]
『二十世紀のポルターガイスト』日影【「20」にまつわる物語】
ツイート 夕暮れ色に染まる山手線の車内では、老夫婦が寄り添うようにして座っている。 まるで親鳥に体を寄せる小鳥のように、年老いた妻は安心しきった寝顔を夫の肩に乗せていた。 数人の乗客が眼を細めてふたりを見つめている […]
『発明』佐藤邦彦【「20」にまつわる物語】
ツイート 「博士、ついに完成しましたね」 助手が言う。ここはMad博士の研究所。 「うむ。ようやく努力が実った。随分と長い時間がかかってしまった」 と博士。 「そうですね。研究を始めた頃は博士の髪もふさふさで、 […]
『永遠に』ウダ・タマキ【「20」にまつわる物語】
ツイート 夜が朝に移ろいゆく曖昧な青白い色の空が好きで、毎朝、早起きしては夢遊病の如く歩き回る。これが、私にとって至福の時間。 帰宅する頃には、空はすっかり青さを帯び、庭に集う雀たちの鳴き声が新たな1日の訪れを告げる […]
『初雪、ではない。』田中慧【「20」にまつわる物語】
ツイート 部長も私も着膨れしていた。 釣り糸はピクリとも動かず、ただ時間だけが刻々と過ぎていく。 ここに到着する少し前にちらつき始めた雪は今では本降りになっている。向かっている車中、部長は助手席で「初雪か?」と運転 […]
『さよなら、はじめまして』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】
木塚さん、覚えていますか。 会って3時間も経つのに思わず聞いてしまった。覚えてるよ、と半分笑いながら言う木塚さんは、20年前と全く変わっていないように思う。変わっていないね、と言うと、木塚さんは、細めの目を少し広げて […]
『神聖なる』伊藤なむあひ(『浦島太郎』)
ツイート 神聖なるそれは公園の隅、誰も使うことのない掃除用具が入っている物置の中で日に当たることなく置かれていた。 その頃の僕たちといったらポパンに夢中で、休みの日は町中を駆けまわってポパンのもととなるそれを探してい […]
『やまなしの夜』星谷菖蒲(『銀河鉄道の夜』『やまなし』『押絵と旅する男』)
ツイート 水面に、何かがぱちゃんと落ちる音。飛び散ったしずくと、水の中まで届くぼんやりした橙の灯(あかり)が幻想的に揺らめいている。夜空の星が水底まで落ち込んで、きらきらと輝く銀河を描く。星々の光があまりにも眩しくなる […]
『アラウンド・ミッドナイト』もりまりこ(『文鳥』)
ツイート 願いなんていっしょう叶わなくてもいいって思ってた。 つまらない望み。一笑に付してしまいたくなるような、そんな俺だけの望みなんて、いつか吹かれて消えてしまえばいいって。 ひかりのしずくが天井からつるされたい […]
『Re:帰宅報告』中杉誠志(『待つ』)
ツイート 終電間際の駅のホームは、悲しいほど混雑していた。いったい、このなかにいる何人が、現在の生活に満足して、幸せな気持ちで帰路についていることだろう? うっかり見ず知らずの他人に同情しそうになって、納見ヒロは頭を […]
『不完全変態』緋川小夏(『変身』カフカ)
ツイート 最初に気がついたのは、腕の皮膚でした。 いつものように自分を傷つけるため剃刀の刃をあてたとき、皮膚が透けて静脈が浮き出ていたのに気づいたのです。それはまるで紅いガーネットの欠片が、オーガンジーの布に包まれて […]
『お伽創始』繁光(『お伽草紙』太宰治『こぶとりじいさん』『浦島太郎』『カチカチ山』『舌切り雀』『桃太郎』)
ツイート 前書き 「あ、鳴った。」 サイレンが鳴るとともに、父は家族を抱え、シェルターの中へと潜り込む。 サイレンはすぐに止むが、おそらく地上はまだ危険なのだろう。 父は、一向に家族をシェルターから出そうとしない。 […]
『ローアングル蜘蛛の糸』柘榴木昴(『蜘蛛の糸』)
ツイート ここはまさに地獄だった。生前悪事を行った罪人共が阿鼻叫喚そのままに殺され転がり蹂躙されまくっている。叫喚地獄の一丁目は、特に極悪人が何兆年もかけて責め苦を受ける地獄中の地獄だった。そのため監督責任の座に就く森 […]
『素晴らしい朝』義若ユウスケ(『未来のイヴ』)
鶴田門舞代(つるだもんまうよ)という名前の女だった。難波のバーでおれたちは出会った。 「あんた、すごく飛びそうだな!」自己紹介のとき、そういっておれは舞代の肩をたたいた。おれはワイルドターキーを、舞代はカンパリソーダを […]
『ボーイミーツガール色即是空』義若ユウスケ(『般若心経』)
ツイート 悲劇はいろんな場所でおこる。ボクはそんなあたりまえのことも忘れて力いっぱい走っていた。会社におくれそうだったのだ。そろそろ道が交差する、ということはわかっていた。でもボクはいけると思った。だから十字路にさしか […]
『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)
ツイート 「皆さん、おはよう御座います。今日一日、このグループのリーダーを務めます、奥村です。よろしくお願いします~」 五十半ばの男性の挨拶。粛々とした雰囲気となると思いきや、グループの中からクスクスと笑い声が聞こえて […]
『葦です』室市雅則(『パンセ』パスカル)
ツイート どうも、葦です。 本来でしたらお声がけするのはアウトというかダメなんですが、今回はちょっと例外ということでさせて貰いました。驚きましたか?あ、そうでもない。失礼しました。 僭越ながら、自己紹介をいたしますと […]
『誠実な自供』和織(『兎と猫』魯迅)
ツイート 「最初はね、実は鴉なんです。いや、きちんとお話ししなくちゃいけないんででしょう?だから最初からお話しします。私だって大事なところを端折られて報道されるのは嫌ですからね。罪が重くなる?罪?それはあなた方の考えだ。 […]
『笑う男』矢澤準二(『猫町』萩原朔太郎)
ツイート 頭を押し付けるような雲が空を覆った蒸し暑い日だった。常磐線の電車が日暮里駅に滑り込み、ドアが開いてホームに降り立った時、卓郎は軽い違和感を覚えた。 別の番線ホームに行く高架橋に上る階段に並ぶ人の列が、いつも […]