小説

『発明』佐藤邦彦【「20」にまつわる物語】

 「博士、ついに完成しましたね」
 助手が言う。ここはMad博士の研究所。
 「うむ。ようやく努力が実った。随分と長い時間がかかってしまった」
 と博士。
 「そうですね。研究を始めた頃は博士の髪もふさふさで、私は紅顔の美少年でした」
 「ぬっ。まあいい。今日はめでたい日だ。失礼且つ事実を歪曲した発言も許すとしよう。いずれにせよ、かかった時間は取り戻せるのだからな。これでもってな」
 そう言って博士が机に置いた瓶を取り上げる。
 「しかし素晴らしい発明ですね。これを一滴のめば20歳の体に戻れるなんて」
 「うむ。人類にとっても非常に意義のある発明である。さっ、助手よ、一滴飲むが良い。今までの献身に報いる為、栄えある若返り一号の称号を与えよう。さっ、ぐっといきなさい。遠慮はいらぬ」
 博士が瓶を助手に差し出す。
 「いや。ここはやはり博士からどうぞ。私は博士の様子を見てからにしますので」
 「様子を見るとは何たる言い草!この薬に不安でもあるというのか⁉」
 「いや、不安という程ではないのですが、実験用のマウスがこの薬を投与したら死んでしまったのが多少気になりまして」
 「だから、あれはマウスの寿命がそもそも2年やそこらだからだと言っておろうが。それが20歳になったのだから死んで当然。むしろこの薬の効能を証明したようなもの。さっ、絶対安全だから安心して飲むがよい」
 博士が、ぐいと瓶を助手に押し付ける。
 「そんなに安全ならば、どうぞ博士が先にお飲みください」
 助手が瓶を押し戻す。
 「やめんか。ワシに何かあったらどーする!ここで命を賭すのが助手の役目ではないのか?えっ、貴様は凧で雷の実験をしたベンジャミン・フランクリンを知らぬのか⁉」
 「ベンジャミン・フランクリンは助手を使わずに自分で危険な実験をしていますが」
 「ええい!屁理屈を言いおって。こうなれば仕方ない」
 「仕方ないとは?」
 「貴様に痺れ薬を飲ませ、身動きができなくしておいてからこの薬をのませるしかなかろう」
 博士が落ち着いた口調で助手に告げる。
 「いや、痺れ薬など飲む訳がないじゃないですか」

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