小説

『発明』佐藤邦彦【「20」にまつわる物語】

 「うむ。そうであろう。そう思ってさっき貴様が食べたオヤツのプリンに予め痺れ薬を仕込んでおいたのだ」
 「えっ⁉あのプリンに…博士、何ということを…」
 「どれ、そろそろ薬が効いてくる頃だが…」
 博士が腕時計を見る。
 「うっ…うっ動けない…。しっ痺れる…しかし博士…」
 プラシーボ効果もあるのか、急に助手が痺れを訴える。
 「何じゃ。助手」
 「…どうせ…なら…プ…リン…に……」
 「おー。どうせならプリンに20歳に若返る薬を仕込んでおけば良かったというのだな。それも道理。しかし、プリンに痺れ薬を仕込んだのは薬の完成前じゃからのう」
 そういうと博士、身動きも喋ることも出来ぬ助手に近付き、瓶の蓋を開けスポイトで一滴薬をすくい上げ。
 「さあ、飲むが良い」
 助手の口にスポイトを差し込みニヤリ。すると、たちまち助手の体が若返る。
 「おっ!これは凄い!予想以上の効果じゃ。見る見る若返っておる」
 草臥れた中年であった助手がホッペの赤い純朴そうな少年へと変貌する。
 「どうやら安全なようじゃの。どれ、ワシも」
 と、しばらく時間をおいてからスポイトで博士も薬を一滴飲む。と、見る見る若返り、髪はふさふさ、ズボンはゆるゆる体はふわふわと宙に浮くような軽やかさ。
 「やっ、これは素晴らしい。こりゃじっとしてられん。失われたワシの青春を取り戻すのじゃ」
 と痺れ薬の量が多かったのか、いまだ動けぬ助手を放置し、瓶を持ったまま表へと飛び出し、闇雲に意味もなく博士が走り出す。
 「おお!実に爽快じゃ。しかし、20歳に戻ったからには己をワシと言ったり、語尾が~じゃというのは直さんとのう」
 20歳に若返った体に歓び、犬のように駆け回る博士。だが、20歳の頃とて他の人と比べればそう体力があった訳ではない。なにせ当時のあだ名が運痴のMadである。
喜びのあまり本来のスペック以上の動きをしたため、やがて足がもつれ、近所の土手を、わーいわーいと叫んでいる時、どたりと無様に転んだのは当然の帰結。
 転んだ拍子に手から瓶が放れ、空で一回転、二回転としてから地面に落下した瓶はガチャンと音たてて割れ、零れた薬が未舗装の土手道へと染み込んでいく。
 「しまった…」
 博士が呟き、20歳に若返る薬を飲まされた地球が見る見る20歳まで若返る。
 20歳の地球。人間はおろか、いかなる動物も生存は不可能である。

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