夏目さんが泣き出したのは、三時間目の授業がはじまってすぐだった。どうしたのかと先生にたずねられた夏目さんは、震える声で涙のわけを話し出した。いきなりのことだったのと、普段まったくしゃべらない夏目さんの声を聞いたのとで、僕たちはみんな衝撃をうけた。
彼女の説明は要領をえなかった。ただ感情的になって、窓の外を怖がった。たのむからカーテンを閉めてたのむからカーテンを閉めてと繰り返した。
しだいに余裕のできてきたクラスメイトたちは、外に幽霊でもいるんじゃないかといって面白がった。
でも僕はとても笑う気になれなかった。夏目さんの脅えきった様子が、なんだか心を凍らせるように怖かった。
夏目さんの目から、涙がぼろぼろと机にこぼれ落ちていた。誰かティッシュをもっていないかと先生が聞いた。
ティッシュを差し出したのは夏目さんの横の席の染谷という男だった。さりげなく彼女に大丈夫かと聞く染谷の顔には、ざわつく周りの生徒たちにはない落ち着きがあった。しかし夏目さんは首をふって、ヒステリックに染谷の手をはらった。
しばらく先生の声だけが、くっきりと教室にひびいた。
「どうしたの?」
……。
「体調が悪いの?」
……。
「保健室に行ってくる?」
……。
夏目さんは答えない。
みんなクスクス笑っている。
しまいには先生も困ったような顔を生徒にむけた。どうしたものかと肩をすくめてみせる。
「あぶないから……」夏目さんが嗚咽をこらえながらボソリといった。
「え、なに?」先生が大きな声で聞き返す。
笑いがおこった。
「離れて」と夏目さん。
侍が現れたのはその時だった。
パリィン!
いきなり窓を突き破って教室に入ってきた侍は、まげを結い紺色の袴を着て左手に刀を持っていた。
侍はつかつかつかと夏目さんの席まで歩いていくと、あっけにとられている先生をバサリと斬りすてた。
生徒たちはキャー!とかワー!って叫び狂った。侍は面倒くさそうに片っ端から斬っていった。
最後に残ったのは僕と染谷と夏目さんの三人だった。僕らは侍と向き合い、にらみあった。
「お、お前は誰だ!」口火を切ったのは僕だった。
「侍だ!」と侍はいった。
「やっぱり侍だったのか!」
「なに、おぬし気づいておったのか!」