小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

 おら、芋が食いてぇ、
 餅が食いてぇ、
 まんじゅうが食いてぇ。

 おじいさんは囲炉裏の傍らに寝そべり、腹のあたりをポリポリ掻きながら、そんなことを言っています。

 フライドポテトも食いてぇ、
 チキンナゲットも食いてぇ、
 和風蒸し鶏のサラダも食いてぇ。

 おじいさんの要望は増す一方です。
「そんなに食えるかねぇ」
 おばあさんはそう返します。当然ですがおばあさんは、おじいさんがそれらすべてを一度に発注し、一食として食べきれるだなんて思ってはいません。食べたいと思っているものを列挙しているだけということは、承知のうえです。
「おい、ばあさん。向こうの山にある芋を蒸したやつ、食いてぇ」
 おじいさんの言う、向こうの山、というのは、山を二つ越え、国道をまたいだところにある複合型商業施設を越えたところにある山のことです。その山は大残酷山と呼ばれ、年間通しておいしい芋を採ることができ、しかもそのシーズンになると野イチゴも無尽蔵に採ることができる、最高の山なのです。
「そんなにすぐに、いけるかねぇ。距離的にあれだし」
「こないだも行ってきたじゃねぇか」
「まぁねぇ、でもほら、今は芋の具合もあれだから」
 おばあさんはそう濁し、まだ食べきっていませんが、チキンラーメンの丼を置きました。おじいさんはそれを横からぶん取ると、すぐに起き上がって残りを食べきってしまいました。そしてすかさず寝転がり、ポリポリを始めます。
「チキンラーメンでは、お腹は満たされんなぁ」
「そうかしらねぇ」
「はやく芋を蒸したやつ、食いてぇよ」
「良いけども、向かっているうちに負傷してしまうかもなぁ」
 その時です。ぴん、ぽーん、とチャイムが鳴りました。
「おい、ばあさん。ぴんぽん、鳴ってるよ」
「ええ、わかってますとも」
 モニター越しに来訪者の顔を確認したおばあさんは、どうぞ、とインターホン越しに声をかけました。
 するとドアが勢いよく開かれました。入ってきたのは、隣に住んでいるおばあちゃんです。何か重要な要件があるのでしょうか、息を切らし、興奮した様子です。

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