小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

「この度はどうも。じゃあ今回は小さいほうへ変更ということで。いやあ、本当は大きいほうを選んでほしかったんですよ。最近は小さいほうを選ぶ方ばかりなので」
「どういうことですか」
「あれ、見えてしまったんですよね。中身。魑魅魍魎が」
「いえ、そういうわけではなく」
「あら、なんだ。しまったな」その鼠坊主は袖のほうにいる誰かと小声で話し始めました。やや立腹している様子です。それにしても、魑魅魍魎とは大変なことです。おばあさんは安堵しました。危うく大きなつづらを持って帰って痛い目に遭うところでした。これでおじいさんと同じことになってしまったら、もう生活が成り立ちません。
「結構でございます。今回は小さいほうで」
「あら、そう。よかった」
「ですけど、できればほかの方をここへ連れてきてはくれませんかね。老若男女は問いませんので、大きい方を持ち帰りそうな人を」
「そこまでして大きいほうの在庫を減らしたいんですか」
 おばあさんは根の国に対し、不信感を募らせていました。ひょっとしたら、はずれと知っていて無理やりそれを持ち帰らせる悪徳業者なのかもしれません。
「そうでなければ、物語が紡がれなくなるからです。強欲さや乱暴さを孕んだ悪がなければ、物語は展開できないのです」
「無理やり悪を生み出そうとしているようにしか見えませんわね」
「もちろん自然発生的な悪が物語にとっては理想です。ですけどある程度は意図的に悪を作る必要があるのです。善と悪のバランスを取るためには」
「ここは悪意を呼び起こすための場所」
「そういうことです」
 ここで悪意というものが生み出され、地上へと出て行っているということになります。そしてこのような部屋は、どこか別の土地にもあるかもしれません。
「ですので、誰か別の方を呼んでください」
「あるいは、自分で大きなほうを持って帰るか」
「そういうことです」
 おばあさんは逡巡しました。今なら自分で持ち帰ることも、ほかの誰かを呼ぶこともできます。
「じゃあ、これで」
「いいんですね」
「はい、後は、何とかします」
 決意をしたおばあさんの手が、つづらへと伸びていきます。それは本当にゆっくりでした。

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