小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

「よし、頑張れる」
 疲労は取れきっていませんが、おばあさんは立ち上がりました。コンビニから出るところで和尚とすれ違いになり、挨拶しました。

「はあっ……ここじゃぁぁ!!」
 ついに穴までやってきたおばあさんは、その正面で足を止めました。ここでいいのかしら、とほんの少し逡巡しましたが、程なくしておむすびを投げ込みました。念のため、二つ。もう一ついこうとしましたが、保留しました。
 すると、何ということでしょう。穴の中から、愉快な歌が聞こえてくるではありませんか。


 おむ……ころりん……とんとん……
 ころりん…ろりん……むすび……おむすび……すっとん……
 すっとんと……りん……おむすび……おむ……むすび……

 歌はあまり聞き取れませんでした。どうやら、クラスメイトが入水したショックでパチンコ中毒になった女の歌であるようです。その歌は他にも何らかを訴えかけていましたが、何しろ、相当奥の方から歌われているらしく、それ以降もあまり聞き取ることはできませんでした。
「どうも、こんにちは」
 突如、一匹の鼠が穴から出てきました。
「おばあさん、おいしいおむすびをありがとう。本当に。心から感謝します」
「どういたしまして」
「どうぞ。奥へと案内します」
「あらあら。そういうシステムなのね。あんま知らなかったわ」
 つづら目的であることを表に出したくなかったので、おばあさんは、この不思議な事態に巻き込まれている感を出そうとしました。
 穴の奥へ、その奥へ、またその奥へ、鼠に案内されながら進んでいきます。充分な照明設備はなく、足元に注意しながら歩かなければなりません。しかしどことなく甘い匂いが漂っていたり、和楽器でアレンジされたJ-POPが流れていたりするため、それほど恐怖は感じませんでした。
 おばあさんと鼠は、あるエリアに到着しました。
「ここは」おばあさんには思い当たる節がありました。「黄泉の国ね」
「いいえ、根の国です」

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