小説

『悪いおじいさんのおばあさん』高橋己詩(『おむすびころりん』)

「ちょっと、聞いて聞いて」
 隣のおばあちゃんは話し始めましたが、おばあさんはあまり真剣に聞きたくありませんでした。というのも、隣のおばあちゃんは話しをするのが上手ではなく、口にする情報が前後してしまうのが常なのです。そのためにおばあさんは、このおばあちゃんと話し込むのが毎度億劫になり「あ、うん。うん、そうねそうね。おっけおっけ。じゃ、また今度にでも」と早めに切り上げようとします。しかしそれでこちらの気分を察知してくれるはずもなく、話しを止めてくれることもありません。当然ながらこちらの好みそうな話題へとスマートに転換していくという、会話のテクニックを持っているおばあちゃんでもありません。
 しかし、今回はどうやら違うようです。
「大判、小判、ざっく、ざっく」
「あら、ほんと」
「金持ち、なれる、これで」
 隣のおばあちゃんが息を切らしていることに、多少の胡散臭さはありました。それでも、今回口にしている情報は、とても有益なもののようです。
 話しを掻い摘むと、こんな具合です。

 大残酷山の裏手に行き、その突き当りに小さな穴がある。その穴におむすびを投げ込むと、鼠が出てくる。鼠はおむすびを投入したことに対し一通り感謝すると、穴の奥へと案内してくれる。そこでいろいろな出し物を見せてくれて、最後には大小二つのつづらをこちらに提示してくる。どちらか一つを持ち帰るように、みたいな感じの選択肢を投げかけてくるので、それに従いどちらから一つを持ち帰る。

 です。
「んでね、あたしは小さなつづらを持って帰ってきたのよ。だって大きな方は持って帰るの大変でしょ。小さいほうでもなかなかのグレードっぽいし。そもそもさ、普通は遠慮するわよね。大きい方と小さい方出されて、大きい方持ってかえるなんて嫌じゃない」
「うん」
「そしたらね」
「そしたら?」
「8:2くらいの割合で、大判と小判がざっくざく。その他各種金品も」
 隣のおばあちゃんの話しは、信ぴょう性に欠けていました。だってそうでしょう。たったおむすび一つで、それほどまでに素敵なプレゼントがもらえるでしょうか。ローリスク・ハイリターンすぎます。本当にあったこととは思えません。もし本当にあったとしたら、あらゆる人間にこれが知れ渡り、俺も私も状態になります。そしてこの国は、分厚い富裕層によって構成されることになります。パワーストーンつけた男が女と風呂入ってる写真の方が、まだ信用できます。
「いろいろ入ってたのよ、他にも。あなたも行った方がいいわ、うん。限定かもしれないし。ここまで入ってるのも初期ロットだけかもしれないから」

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