鶴田門舞代(つるだもんまうよ)という名前の女だった。難波のバーでおれたちは出会った。
「あんた、すごく飛びそうだな!」自己紹介のとき、そういっておれは舞代の肩をたたいた。おれはワイルドターキーを、舞代はカンパリソーダを飲んでいた。
「京都にたしか舞鶴とかいうとこがあったね。あんたそこの人?」おれはきいた。
舞代は、いいえ、といって小さく首をふった。すらっと優雅に長い首は鶴か、でなきゃフラミンゴみたいにみえた。舞代はすでに酔って全身ピンク色だった。おごるよ、といっておれは舞代にもう一杯飲ませた。カウンターの向こうからマスターが共犯者の目で笑いかけてきた。
「私、あなたにお持ち帰りされちゃうの?」舞代はいった。
「好きにすればいいさ。おれはそろそろ帰るけど、ついて来たけりゃついて来な」おれは勘定を置いて立ちあがった。店をでた。舞代はついて来なかった。おれはひき戻した。「あのさ、おれ、帰るよ」といった。
舞代はカウンターにうっぷせていた。マスターと目が合う。笑ってやがる。「ざんねん兄ちゃん、今日のところは諦めるんだね」という。
おれはあっかんべーしてやった。知り合いなんだと言いはっておれは舞代をおんぶした。マスターは「事件を起こすなよ」といって笑ながら見送ってくれた。
平成二十六年六月三日。みなさん、きいてくれ!
この夜おれは事件を起こした。
寝ている女の身体を勝手に改造してバイクにしたのだ。
「寝てる間にやっちゃうなんてひどいわ」と明け方、四畳半のボロアパートで目をさましたバイクな舞代は、うらめしそうにおれをにらんだ。「それで、ここはどこ?」
「おれのアパート」
「学生?」
「うん。あんたは?」
「フリーター。ねえ、それで、私をこんな身体にして、いったいどうしようっていうの?」
「乗りこなすのさ」
おれは舞代にまたがって、エンジンをかけた。
「ブルルルルン!」と舞代はうなった。「ちくしょう、嫌なのに、口が勝手にブルルルルン! ブルルルルン! ブルルルルン!」
発車。外へ飛び出した。初夏のひんやりとした空気が肌にまとわりついてきた(そう、六月だった!)。オレンジ色の朝日をあびながら、おれたちは海岸線を疾走した。
「ブルルルルン! ちくしょう! ブルルルルン! ねえ、いったいどこへ行くつもり?」
「どこまでも行くのさ!」
すがすがしい朝だ、と、おれは思った。砂浜では若者たちが花火をしていた。男と女が四人ずつほどいて、楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいる。
「何時だと思ってんだ!」と叫んで、おれはバイクをかたむけた。砂浜に下り、若者たちめがけて一直線に走った。
「ほらほら愉快な夜はもう終わりだよ!」といっておれは舞代バイクで彼らに体当たりした。
若者たちはボーリングのピンのようにぶっ飛んでドバーンと海に落っこちた。
「私、悲しいわ」と舞代はいった。
「あんたの気分なんか聞いちゃいないさ」おれはいった。
まったく素晴らしい朝だった。