小説

『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))

 拍手の音が会場に響き、舞台の上、眩しい照明の中で父と母と兄がそれぞれ手を取り合ってお辞儀をした。私は暗い観客席から、私抜きの家族の笑顔をただ眺めていた。
 幕が下りた後に控え室を訪ねると、両親も兄も使った楽器を楽器ケースに収めているところだった。他の関係者は素早く身支度をして、そそくさと出ていく。皆の支度が終わるまで、私は部屋の隅にあった椅子に座って英単語帳を見ていた。
 父の運転で家に帰る間、両親共に兄のチェロの演奏について講評するみたいに話した。家につけば皆窮屈だった正装を脱いで、母は夕食を作り始め、兄はいつものようにチェロの練習をするため彼の部屋に篭った。発表がある日でも、一日二時間のチェロの練習は必須事項だ。
 母がキッチンで料理を完成させるまで、私はリビングのソファーでまた英単語帳を見ていた。父は兄の練習に付き合うことにしたようで、リビングには私一人しかいない。
「奏恵、ちょっと助けてくれる。」
「はい。」
 英単語帳をソファーに置き、料理を皿に移してテーブルに持っていくのを手伝うためにキッチンに行く。キッチンの調理台スペースには既に二人分のお盆が置かれている。まだ熱いフライパンからハンバーグを取り、その皿をお盆に置く。ハンバーグを皿の端に寄せて、そこに副菜と米を乗せる。母が私にお願いする前に、私は二つのお盆を持って二階に向った。
 兄の部屋の扉は閉まっていて、そこからチェロの演奏が聞こえる。父の厳しい声は聞こえないが気配は感じる。私は二つのお盆を扉の前に置き、ノックをして階段を降りた。

1 2 3 4 5 6 7 8