小説

『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))

 そんな窮屈な日々を送っていた中学三年生の夏、高校受験に関する進路希望書を提出するために、家で高校のパンフレットを見ている時、美術高等学校の存在を知った。その時初めて、勉強に行き詰まる度にノートの端に描いていた絵について真剣に考えた。絵を描くことが私の本当にやりたかったことかもしれない。そう思うようになった。
 両親に美術高等学校に進学したいと言うと、成績が良いから偏差値の高い私立学校に行ったほうがいいと言われたけれど、それだけだった。両親を説得したという手応えもなかった。
 高校一年生の今、デッサンの基礎を学び、始めて自分の選択に間違いはなかったと確信している。
 対象物を見て、画用紙にそれを浮き上がらせる作業は集中を要し、没頭している間は嫌なことを忘れることが出来た。軟らかい芯の鉛筆で大まかに面を描いてから形を定めていき、練り消しを使って光を描いていく。物が浮き上がり始めたら、鉛筆を芯の硬い物に替えて質感を出していく。描いている途中、椅子から立ち上がり遠くから画用紙を眺めて、対象物と比較してみる。そうしているうちに時間は驚くほど速く過ぎていく。
 自分の可能性を試したくて挑戦し始めた。そんな時、事件は起こった。
 美術高等学校なので、当然実技デッサンの授業がある。マスキングテープや二十本程の鉛筆、練り消し、鉛筆を削るためのカッターなどを百円均一の安いプラスチック製工具箱に収納して持ち歩いている。
 

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