小説

『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))

 私は自分の部屋の筆箱からカッターを取り出し、兄の部屋に忍び込む。チェロの楽器ケースを開けると、チェロの艶がある胴体が出てきた。私は張られた四本の細い弦、一本一本を慎重にカッターで傷つけた。切ってしまわないように、でも演奏中に切れるように。それから楽器ケースの中にある予備の弦を取り出した。
 兄が受験会場で演奏している時に弦がブツッと切れるところを想像して、いい気味だと思った。私に生き地獄のような思いをさせる兄は地獄に落ちればいい。
寿司の宅配が来たようで、玄関の呼び鈴が家中に寂しく響いた。

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