親指を滑らせて、星座アプリを立ち上げる。さそり座。はくちょう座。おおいぬ座。事務机を透かして星座がちかちかと光っている。たぶん地球の反対側で見えている星座。
椅子に座った自分が浮いているみたいなきぶん。金星。木星。そして月。それらの位置を確かめて、そっと息をする。
目の前にあるのは、新手の感染症対策により簡易的に取り付けられたぺらぺらの衝立。プラスチックの小窓越しに向かいの席の竹芝さんの後頭部が見える。眠っているのだ。竹芝さんは昼休みの睡眠をことのほか大事にしていて、机の上に置けるお昼寝用まくらと耳栓とアイマスクを完備している。お昼寝まくらはタイマーで時間を設定するとぶるぶる震えて起こしてくれる優れものらしい。竹芝さんが眠っているあいだにも地球は動いている。
眠ってもいない私はただ座ってぼうっとしている。壁を透かしてアプリの中の星座を動かす。最新の星座アプリは、昼夜関係なく、地球の厚みも関係なく、正確に星の位置を示してくれる。
なんか地球コックピットみたい。操縦しているのは私じゃないけど。
パソコンの時計が13時を表示する。
ぶるぶると机が振動して、竹芝さんの頭が起き上がる。
昼休みの終わり、私はもういちど指を滑らせて、てのひらのなかの星図を閉じた。
伯父が亡くなった、という電話があったのは、大晦日の昼過ぎのことだった。とても寒い日で、廊下に置かれた電話の受話器がひどく冷たかった。伯父はもうだいぶ長い間、老人だけが住む施設で暮らしていた。母とはずいぶん年の離れた兄妹であったらしい。最後に会った記憶は、私が小学生のとき、お正月を一緒に過ごしたときのものだ。お酒を飲まない伯父と、林檎ジュースを分け合った。グラスを持つ伯父の左手の親指の先は少し欠けていた。それが生まれつきなのか何かの事故が原因なのか、訊いたことはない。伯父は一度も結婚したことがなく、子どももいなかった。