小説

『月の湖』夏野雨(『竹取物語×白雪姫』)

 ボストンバックの底からは、一枚の紙が出てきた。
 カードの量が多すぎると母がいうので、フリマアプリに登録してまさに売り払おうとしているところだった。
「値段はいくらにする?」
「待って」ボストンバックを覗いていた母が言った。
「相場を調べてから?」
「見て」
「あ、待って、何かパソコンの調子が悪くて、表示が遅くて」
「違う」
「え?」
「待って、見て」母が差し出した紙はとても薄くて、だいぶ皺がよっていて、色が褪せていた。それでもそれが何であるのかは、一目見た途端に分かった。
「婚姻届」新郎には伯父の名前、そしてもう一つの欄には、違う筆跡で知らない人の名前が記入されている。
「…伯父さん結婚してたの?」
「してないわよ」
「じつはしてたとかは?」
「ちゃんとこの間役所に行ったんだから」
「そっか」
「第一、出してたらここにあるはずないじゃない」
「確かに」
「ということはこの相手の人は?」
「知らない人」
「知らない人?」母はその紙をじっと見つめていた。
「いや違う…知ってる人?」
「なんで疑問形?」
「知ってる人」そして彼女は何かが腑に落ちたというふうに、言葉を繰り返した。
「知ってる人よ」

 

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