小説

『21番目のこぶ』白石如月(『こぶとりじいさん』)

「ここ、わかりますか。赤ちゃんの首の後ろ、むくんでいるでしょう」
 妊娠13週目のエコー検査のあとだった。診察室に移動した私を前に、医師の顔からはやわらかい笑みが消えていた。
「これは、ダウン症の赤ちゃんの特徴なんです。他にも、鼻や頭の形に特異な点が認められます。もちろん画像所見なので、確定ではありませんが」
 長年の不妊治療の甲斐もなく、私たち夫婦は子宝に恵まれなかった。もう二人きりの人生を歩もうか、と諦めかけていた矢先の妊娠だった。私は四十路手前。どれだけ嬉しかったか、とても言葉では言い表せられない。
「可能性のあるご夫婦には、お伝えするようにしています。羊水検査などで確定診断をうけることもできます。こちら、詳しい資料ですので、ご主人とよく話しあってください」
 医師は説明を終えると、冊子やリーフレットの入ったクリアファイルを渡してきた。ありがとうございます、と受け取るだけで精いっぱいだった。どんなふうに診察室を出て、会計をすませ、駐車場に戻ってきたのかわからない。
 私はぼんやりと、しかし緊張の走る手で、ファイルの中身をそっと広げた。
 ダウン症候群は染色体の細胞分裂の異常によって起こります。
 21番目の染色体が一本多くなっていることから「21トリソミー」とも呼ばれています。
 多くの場合、知的な発達に遅れが出るのが特徴です。心臓疾患、消化器系疾患、甲状腺機能低下症、目の疾患、難聴などを合併することがあります……
 文章には図やデータが添えてあった。ぐにゃぐにゃした虫みたいな染色体がズラッと並んでいる。どれも二本ずつなのに21番目だけ三本だ。本来あってはならない、よけいな一本。ダウン症の赤ちゃんは約七百人に一人の割合で生まれ、母体が四十歳の場合、約百人に一人の割合となるらしい。

1 2 3 4 5 6 7