小説

『21番目のこぶ』白石如月(『こぶとりじいさん』)

 私はそっと、いや、こわごわと、まだふくらんでいないお腹を見下ろした。
 あっけなく恐怖している。なんて薄情な母親だろう。つい一時間前まで抱いていた愛情がゆらいでいる。そのことにも気づいて、ぶわっと一気に視界もゆらいだ瞬間だった。
 鋭いクラクションが駐車場に鳴り響いた。思わず顔が上がる。平日の正午前、クリニックの第二駐車場にとまっているのは、私の軽自動車と斜め向かいの黒のレクサスだけ。こぶしを打ちつけているのか、クラクションは何度も何度も叫ぶ。まるで悲鳴のようで、嗚咽のようで、もう一人の私に吸い寄せられるように、気づいたときにはその車の運転席の窓をノックしていた。
「あの……大丈夫ですか」
 返事はない。薄暗い車内にいるのは、ピンクのサマーニットを着た細身の女性だ。艶やかな栗色のロングヘアがうなだれ、顔は見えない。
「あの」
 再度呼びかけようとした直後、運転席の窓が開いた。
「ほっといて!関係ないでしょ!」
 何かが飛んできた。バサバサッとアスファルトの地面に落ちたものを見て、ハッとなった。私は急いで自分の車に戻り、先ほどの資料をかき集めた。冊子やリーフレットを窓越しに差し出すと、今度ハッとするのは彼女の番だった。

 倫子さんと私は、急速に親しくなっていった。
 彼女は元モデルで自身のファッションブランドも持っていて、彼女の夫は飲食店を何店舗も経営していて、南仏を彷彿とさせるデザイナーズハウスに住んでいる。年齢が近い以外、似たところなどない私たちだ。学生時代だったら、まず友だちになっていない。しかしママ友とはそういうものだと、母親の先輩である学生時代の友だちが言っていた。年齢も環境も性格のタイプも飛び越え、子どもの縁で結びつくのがママ友なのだ。

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