小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

 高田守は都内にあるIT企業で人工知能の開発をするプログラマーとして働いている。新卒で入社して4年、来る日も来る日もパソコンに向かってキーボードを叩き、プログラムを打ち込んでいる。オフィスは高層ビルの小さな一室にある、社員10名ほどのベンチャー企業だ。パソコンに向かっていた高田の後ろから女性の声がした。
「高田さん、今いいですか?」
 高田が振り向くと後輩女性の小松が微笑んで立っていた。営業として働いている小松はアイドルにいてもおかしくないような可愛さで高田は密かに好意を寄せていた。
「うん。大丈夫だよ」
「クレインの対応範囲に関してなんですけど」
 クレインとは高田が開発中の人工知能の名前だ。クレバーなブレインを持つ人工知能を目指してクレインと名付けられている。人工知能、いわゆるAIには2種類あり、特化型AIと汎用型AIだ。特化型AIは人間の知能の一部だけを再現したもので、すでにスマートフォンなどに搭載されている。一方の汎用型AIは、一言で言えば人間のように考えるAIのことを言う。つまり、あらゆる物事に臨機応変に対応することができるAIだ。当然、未だに実現出来ていない汎用型AIは、世界中で開発が進められており、クレインもその一つで開発は高田一人で進められている。
「ネットに繋がらない地域でもクレインを使いたいんですが」
 高田は険しい表情をした。
「うーん、AIはネットに接続することが前提だからね。なかなか難しいかな、、」
 AIを動かすにはリアルタイムで膨大なデータにアクセスする必要がある。特に汎用型AIではネット接続は必須だ。
「そうですよね、、」
「でも、データ処理の仕方を変えればなんとかなるかもしれないから、考えてみるよ」
 小松の顔がパッと明るくなった。
「ホントですか?ありがとうございます。これ関東地域の通信エリアのマップです。良かったら参考にしてください」
 手に持っていた地図を高田に渡した小松は、軽くお辞儀をして自分の席に戻った。地図はネット通信ができる範囲が赤色で塗られている。

 午後、社長の赤城が高田の元に来た。
「高田くん。ちょっと来てくれ」
 そう言って赤城は、オフィスの奥にある会議室に高田を呼んだ。椅子に座った赤城はいつになく真剣な顔で高田に言った。
「もうこれ以上クレインの開発はできない」

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