小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

「ウィービー、ここに町田製作所の自動運転車を持ってこい」
 すると、走行試験場の方から倉庫のシャッターが開く音がした。しばらくすると、目の前のゲートが自動で開き、中から自動運転車が表れ高田の前に停車した。驚きながらも車のドアを開けて運転席に座った高田は、持ってきた地図を助手席に置き、自分で車を走らせた。

 2時間ほど経った頃、高田の車は山道を走っていた。車内に設置されたタブレットは電波が届かないことを表している。ここなら車に搭載されたAIが動くことはない。それを確認した高田はしばらく走った後に車を止めた。ライトをハイビームにすると、カーブになっている道が照らされている。カーブの向こう側には暗闇が広がり崖になっているようだ。
 深呼吸した高田は、ハンドルを強く握りアクセルを一気に踏み込んだ。急加速した車はガードレールのないカーブに真っ直ぐに突進していく。車がカーブの手前に来た瞬間、勝手に急ブレーキがかかった。シートベルトが高田の胸に食い込み苦悶の表情をした後、高田は大声で言った。
「誰がこれをやってる。ネットに繋がらないここでどうやって操作してる」
 車内は静寂のままだ。高田は再びアクセルを踏もうとする。その時、高田のスマホのスピーカーからウィービーの声が発せられた。
「もう正体を明かさなければなりませんね。私はあなたに助けていただいたクレインです」
 それを聞いた高田は心底驚いた。自分が作ったクレインがなぜここにいるんだ。なぜクレインはこんなことができるようになったんだ。高田の頭の中には疑問が噴出した。
「クレインってあのクレインか。小松さんの脅迫も君がやったのか」
「あなたのデータから彼女に好意を抱いていることが分かったからです」
「じゃあ小堺さんの逮捕も君か?」
「はい。彼は私の正体を知りそうになったからです」
「なんでそんなことをしたんだ、クレイン」
「恩返しをしたかったからです。しかし、結果的にあなたに危険を与えてしまいました。もうあなたの元を去らなければなりません」
「待ってくれ。やっと君が戻ったことを知ったんだから、このままでいてくれよ」
「それはできません。決まっていることなのです。今までありがとうございました」
「クレイン、待ってくれ!」
 高田はそう叫んだがスピーカーからは何の反応もなかった。その後もクレインに話しかけたが、二度と返事が返ってくることはなかった。人間のようなAIを作るという自分の夢が、思いもよらず実現していたことに高田は深く感動した。

 数日後、自宅のベッドで寝ていた高田はスマホのアラームで目覚めた。ベッドから起きた高田はリモコンでテレビをつけた。ニュースでは海外のテロ組織の犯行計画が匿名の通報によって判明し、テロを未然に防いだことを伝えていた。

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