小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

 秋村が驚いた顔で高田を見たが、それよりも小堺の方が驚いているようだった。
「ウィービーはある条件が整うと急に性能が上がります。最近、その兆候が見られるので短期間で御社の求めているレベルに達する可能性があります」
 しばらくの沈黙の後、秋村が口を開いた。
「分かりました。一ヶ月だけ待ちましょう。その時の走行を見て改めて判断します」
「ありがとうございます。無理を言って申し訳ありません」
「ですが、その時に基準をクリアしていなかったら提携解消を納得してくださいね」
 話の流れで小堺は頷くしかなかった。話し合いは終わり、提携解消の危機は一旦去った。
 町田製作所からの帰りのタクシーの車内には張り詰めた空気が漂っていた。勝手な提案をした高田に対して小堺は何か良いたそうだったが、黙っていた。中村はその空気を察したようにわざとらしく明るく言った。
「まあ、とりあえずは継続ということになって良かったですね」
「いえ、勝手に提案してすいません」
 高田は小堺と中村に謝った。
「高田くん、ウィービーの性能が急に上がったって、それは高田くんのウィービーだけ?」
「はい。そうなんですが、今朝から僕のウィービーのデータが見られなくなっているんです」
「データがみられない?会社に戻ったら確認するよ」

 会社に戻った高田は自分のスマホをパソコンに繋げた。小堺の前でウィービーのデータ解析用のソフトを立ち上げたが、やはり今朝と同じように「閲覧禁止」の文字が表示されデータが見られない。
「こんな設定した事はないな。システムの不具合かもしれないから、悪いけど高田くんのスマホを貸してくれないか。もちろんウィービーのデータ以外は見ないから安心して」
 自分のスマホを他人に渡すことに抵抗はあったが、高田のウィービーは自動運転システムのレベルを上げるヒントになるかもしれない。高田は仕方なく小堺にスマホを渡した。
「高田くんは一旦、現状の自動運転システムの修正を進めてくれ」
 小堺はそう言って高田のスマホを持って自分の席に行った。すぐに高田は自動運転のデータにアクセスしてその日の終電間際まで必死でシステムの修正を行った。高田は帰り支度を始め椅子から立ち上がると、同じように残って仕事をする小堺が見えた。小堺の元に近寄って話かける高田。
「小堺さん、今日はお先に失礼しようと思うんですが、見られるようになりました?」
「申し訳ないが、明日の朝には返すからそれまで待ってもらえるかな。何故か何をやっても閲覧制限が解除できないんだ」
 明日まで自分のスマホが使えないことになった高田は落ち込んだ。しかし、町田製作所に啖呵を切ってしまったのは自分だ。
「わかりました。では、今日はこれで帰ります」

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