小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

 町田製作所は老舗の自動車部品メーカーで、1年ほど前にカドモステクノロジーと自動運転車のシステム開発を行う業務提携を結んだ。町田製作所はハードウェア部分を、カドモスはソフトウェア部分を担当している。その町田製作所との業務提携の解消は、カドモスの自動運転システムの開発が頓挫するということを意味する。
「この前、渡したウィービーの出来が悪かったということですか?」
 高田は小堺に聞いた。眉間にシワを寄せてうなずく小堺を見て高田は続ける。
「まだあれはテスト段階なのに。もう少し長期的に考えてほしいところですね」
「確かにそうだが、最近の他社の自動運転のニュースを見れば不安にもなるだろう。うちより遥かに先に行ってる。ここは謙虚に受け止めて向こうの話を聞こう」
 そう言われた高田すぐに荷物をまとめて町田製作所に向かう支度を整え、小堺とその部下の中村と会社を後にした。

 町田製作所は都心からほど近い工業地帯の中に会社を構えている。会議室には高田たちと町田製作所の担当者3名がいた。まずは、期待に応えられていないAI開発の状況を、小堺は謝罪した。それを受けて町田製作所の主任技術者の秋村が応えた。
「率直に言ってこのまま開発を進めても両社にとってメリットがないと思います。提携解消の方向で話を進めませんか」
「確かにまだまだ未完成な部分が多いです。しかし、開発当初からは性能も上がってきています。もう少し一緒に開発を続けられないでしょうか」
 そう言われた秋山は部下にプロジェクターの準備をするように指示した。部屋が暗くなりスクリーンに映像が流れると秋山は言った。
「これはウィービーをセットしたテスト走行の映像です」
 スクリーンには誰も乗っていないコンパクトカーが走行試験場を走る映像が映っている。緩やかなカーブを曲がった車が横断歩道に近づくと、車は急ブレーキで停車した。次にS字カーブに挑む自動運転車が映った。ぎこちなくハンドルを切り、少しずつS字カーブを進むその様子は初めて車を運転する人のような走行だ。クランク走行の映像では車は縁石に乗り上げ停車してしまう有様だった。10分程のテスト走行の映像が流れている間、高田たちカドモスの3人は忸怩たる思いだった。部屋が明るくなり、秋山は言った。
「自動運転システムの業界は日々目まぐるしく状況が変化していることはご存知だと思います。これ以上時間をかけるべきではないと思いませんか」
 高田はまた自分が開発するAIが世に出ることはなくなるのかと思った。前の会社を辞めた後の高田は人間のような汎用型AIの開発を諦め、特化型のAIであるウィービーの開発に取り組んだ。これ以上何かを諦めたくないという気持ちが高田の中に沸き上がったその時、今朝のウィービーの振る舞いを高田は思い出して思わず言った。
「提携解消は、後一ヶ月だけ待ってもらえませんか」

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