小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

「おはようございます。9月20日。今日の東京の天気は晴れ。気温25度、湿度70%。夜になると気温が大きく下がるので上着を持って外出すると良いと思います」
 寝起きで頭がはっきりしていなかった高田だったが、はじめてウィービーの朝のあいさつを聞いたことに驚きベッドから起き上がった。
「どうしたのウィービー?そんな設定したっけ」
「あなたに目覚めの良い朝を迎えてもらうのが私の仕事です」
 昨日までとは違う気が利いたウィービーの返事に高田は声も出なかった。高田がベッドから出ると、次は電動ブラインドがゆっくりと開きはじめた。その後、リビングに行くとテレビが一人でにつき、朝のニュース番組を映した。毎朝高田が見ている番組だ。
 ずいぶんと性能が上がったウィービーの振る舞いを眼にした高田は、自分のウィービーに何があったのかが気になった。会社で自分のスマホのウィービーのデータ見たいと思いいつもより早く家を出た。

 会社に向かう電車の中で、高田はスマホに届いているメッセージをチェックした。その中に元同僚のあの小松からの連絡があった。高田の鼓動が早まる。
「会って話をしたいです。明日時間ありますか?」
 小松からのメッセージは急な誘いだったが断るわけがない。
「久しぶり、元気?大丈夫だよ」
 そう返信した後、待ち合わせの時間と場所を決めた。突然の小松からの連絡は朝から高田を浮かれさせた。

 高田が転職した会社はカドモステクノロジーという社名の大手IT企業だ。都心に自社ビルを持ち、AI開発だけでなくウェブサイトの運営やアプリの開発など幅広く事業を行っている。以前の会社では一人でAIのウィービーの開発を行っていた高田だが、カドモスでは開発メンバーの一人として働いている。
 ウィービーは使う人に合わせて性能が変わり、各々のスマホにデータが保存されている。その個別にカスタムされたスマホのウィービーのデータを中心に、家電、ナビ、自動運転のシステムが使う人に最適な振る舞いをする。
 高田はウィービーのレベルが急に上がった原因を調べるため、会社のパソコンの専用ソフトを開き、スマホをパソコンに接続して自分のウィービーのデータを見ようとした。
 しかしその時「閲覧禁止」という文字がウィンドウに表示された。こんなことははじめてだった。高田が不思議そうに画面を見ていると、ウィービーの開発リーダーである上司の小堺が険しい顔で自分のところに近づいてきた。
「高田くん、昨日、町田製作所から連絡があって業務提携を解消したと言ってきた。これから私と中村くんと一緒に来てもらっていいかな」

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