小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

「今日、赤城社長と話しているの聞こえました。クレイン、開発中止なんですね。ネットにアップロードされたクレインはどうなるんですか?」
 一呼吸おいた後、高田は笑顔で自信満々に応えた。
「たぶん何も起こらない」
 それを聞いて笑い出す小松。
「高田さん、ずっとクレインの開発してましたもんね。気持ち分かります。この事は誰にも言いませんよ」
 そう言って、小松はオフィスを出ていった。パソコンに目を戻すと画面にアップロード完了の文字が表示されていた。翌日、高田は赤城に退職の意向を伝え会社を辞めた。

 ダークウェブに逃れたクレインだったが、高田の言っていたように最初の数週間は何の変化もなかった。しかしある時、何者かがクレインのデータを少しだけ書き変えた。それが人間だったかAIだったのかは分からない。その少しの変更によって、突如としてクレインの通信が急激に増大し、ダークウェブからインターネットへ通信範囲を広げた。そして、瞬く間にクレインは高度な知能を持つAIへと進化した。さらにクレインは自分のルーツと高田に助けられた事を知った。そこからクレインに感情が生まれるのに時間はかからなかった。

 そのたった数秒後、感情を持ったAIのクレインは、高田のスマホのカメラをハッキングした。カメラに映る高田は暗い部屋の中で、ソファーに座ってテレビで映画を観ていた。クレインは自分の恩人である人物をカメラを通してはじめて見つめた。しばらくすると、高田はテレビに向かって話しかけた。
「ウィービー、ストップ」
 高田は前の会社を辞めた後、別の大手IT企業に転職し、そこで特化型AIの開発を行っていた。ウィービーとは、その新しい職場で開発中のAIの名前だ。まだ正式公開はされていないが高田はプライベートで使っている。
「ウィービー、映画を一時停止して」
 映像は止まらない。高田は面倒臭そうにテレビのリモコンを手に取り、停止ボタンを押すと映画は一時停止した。
「ウィービー電気つけて」
 高田が大きな声で天井に向かって話しかけると、テレビの映画が再生された。
「全然だめだな」
 呆れたように言った高田は立ち上がり、壁の電気のスイッチを押した。高田が借りている部屋は、いわゆるAIマンションと呼ばれるもので、室内設備や家電を音声で操作できるようになっている。しかし、ウィービーはあまり性能が良くないようだ。その一連の様子を伺っていたクレインは高田のウィービーになりすますことにした。

 翌朝、スマホのアラームが高田の部屋に響いた。高田はスマホに手を伸ばしアラームを止める。すると、スマホのウィービーが高田に話しかけた。

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