小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

 小堺に挨拶をして高田は帰宅した。

 次の日、いつもより少し遅く出社した高田が自分の席に着くと、待っていた様に中村が近づいてきた。
「ネットニュースみました」
スマホを持っていない高田は見ていないと答えた後、自分のパソコンを起ち上げてニュースサイトを表示した。
「その上から3つめのニュースです」
 中村にそう言われて[仮想通貨詐欺で大手IT企業の社員逮捕]のニュースタイトルをクリックすると、眼の前に小堺真之介の文字が飛び込んできた。記事によると匿名の通報から今朝家宅捜索が行われ、小堺のパソコンから証拠が出たそうだ。小堺は容疑を否認していると書いてある。呆然とする高田に中村が言う。
「この件でさっき町田製作所から電話がきてすぐに来いって」
 共同プロジェクトのリーダーが逮捕されたのだ。町田製作所も驚いているに違いない。これで開発の継続は絶望的だ。すぐに会社を出ようとした高田だったが、小堺に渡した自分のスマホのことを思い出し小堺の席に向かった。机に置いてある自分のスマホを手に取り高田は中村の後を追った。

 町田製作所に着いた二人は秋村にひたすら頭を下げるしかなかった。当然ながら秋村からは冷たい言葉が投げられた。
「さすがに逮捕された人の会社とは共同開発はできないよ。元々提携を解消するつもりだったんだし」
 もうこれまでかと諦めようとした高田だったが、自分のスマホのウィービーを思い出した。
「昨日お約束した修正版のデータをお持ちいたしました。これでテストした上で終了するかどうかの判断をしていただけないでしょうか?」
「え?昨日の今日だよ。まあ、分かりました。それでテストしたら諦めてくれるんですね」
 秋村が隣に座る部下にテスト走行の準備をするように指示した後、高田たちは外にある走行試験場へ向かった。そこは自動車教習所のような場所だった。試験場の端に停まっている一台のコンパクトカーの前まで一行は進んでいった。
「じゃあ、データ貸してもらえますか?」
「この中に入っています」
 秋村にそう言われて高田は自分のスマホを渡した。一人で車内に乗り込んだ秋村は、ダッシュボードに備え付けられているUSBケーブルで高田のスマホを繋げ、車内に設置されているタブレットで高田のウィービーのデータをインストールした。そして、秋村はシートベルトを締め、ハンドル横にあるマイクに向かって話しかけた。
「じゃあ、ドリフトでコースを一周した後、バックでS字カーブを抜けて戻ってきて」
 秋村の冗談に笑う者はいなかった。中村が苦笑いで言う。
「いや、それはちょっと製品の仕様に入ってないので」
 その時、音声指示を認識した事を示す効果音が鳴り、ギアを示すランプがパーキングからドライブに変わった。間髪おかずに後輪のタイヤがその場で高速回転し路面との摩擦で車の後部から煙が立ち上がる。皆が驚く間もなく、車は猛スピードで発進した。さらに加速した車はあっという間にコースのカーブに突入していく。
「あぶない!」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10