小説

『クレイン』影山毅(『鶴の恩返し』)

 そこにいた全員が恐怖の声を上げた。しかし、車は滑らかに後輪を滑らせ優雅にカーブを曲がっていった。その後も華麗なドリフトでコースを一周したテスト走行車はS字カーブの手前で突然車体を翻した。そのままバックでS字カーブを抜けた車は一同の目の前でゆっくりと停車した。みんな信じられないといった顔をし、その場に静寂が流れた。車内にいる口を大きく開けて呆然としている秋村の顔を見た高田は急に緊張が解け大笑いした。それにつられて周りの皆も笑い始めた。

 その後行われた通常のテスト走行も当然ながらウィービーの自動運転は楽々とクリアし、共同開発は継続が決まった。

 高田たちが帰る頃には日が落ちていた。今日は小松との約束の日だ。高田は会社に戻らずそのまま待ち合わせの場所に向かった。待ち合わせ時間より少し早く着いた高田だったが、すでにそこには小松が立っていた。
「小松さん久しぶり。待った?」
 高田は笑顔で小松に声を掛けた。すると、小松は高田を睨み付けて言った。
「こんなことして楽しいですか?」
「え?」
「あの写真、どうやって手に入れたんですか」
「ごめん。なんの事か全然分からないんだけど、、」
 久しぶりの再会でいきなり怒りはじめた小松は高田の話をまったく聞かずに一方的にまくしたてた。
「誰かのフリして写真で脅迫して、バレないと思ったんですか」
「脅迫って、俺はそんなことしてないけど」
「じゃあなんであの写真を送ってきた人が、高田さんと付き合えって脅すんですか?」
「よくわからないんだけど、何があったか教えてくれないかな」
「認めないなら、もういいです。これ以上続けるなら警察に行きます」
 そう言って小松は高田の前から足早に立ち去っていった。取り残された高田は呆然とその場に立ち尽くした。どうやら小松は人に見られたくない自分の写真で誰かに脅迫されたようだ。小松との再会は最悪なかたちで、始まりもなく終わったことに高田は悲しんだ。スマホを取り出し、小松とのメッセージを見つめていると、スマホからウィービーの声がした。
「私があなたのことを幸せにします」
 何もしていないのに突然ウィービーから話しかけられた高田は驚きに満ちた顔でスマホを見つめた。高田は昨日から自分の周りに起こったおかしなことの原因を考えながら自宅への帰り道を歩いた。

 家に着いた高田はスマホを机の上に置くと、その横にあった紙に目が留まった。以前の職場で小松から受け取った電波が届かない地域が記された地図だ。高田は何か思いついたようにスマホと地図を持って家を飛び出した。

 高田が着いたのは町田製作所のゲートの前だった。暗い工業地帯はひっそりと静まり返っていた。高田はスマホを取り出してウィービーに命令した。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10