小説

『葬儀屋』空亡(『河童(妖怪)の伝承』)

「黒良さんって、黒い服しか着ないんですか?」
 連れの女性に、そんなことを聞かれた。夜のファミリー・レストランでのことだ。
「ほら打ち合わせの時も、スーツは黒で」「そういえば」「そうそう、違うスーツでしたけど」
 彼女たちは、俗にいう“笑い女”兼“泣き女”。様々な儀式にて、頭数をそろえるための代行者だ。その本業は、売れない役者である。
「……まあ、俺はほら、いつ仕事がくるかわからないからさ。黒だと、面倒がないんだ」
 そして我が職業は、葬儀屋。この集いは、今日の葬儀が長引いたせいで強請られた、軽い食事会である。
「あっ、そっか。黒良って名前は関係ないんだ」「なにそれ、ダジャレ?」「だから黒が好きとか? ちょっとおバカっぽくない?」
 彼女たちは、そんな他愛ないことを言い合っては、笑いあう。仕事中は涙を流し続けていたというのに、さすがと言おうか。
「それより黒良さんって、笑わなくない?」「ちょっと笑ってみてもらえません?」「なに言ってんの、失礼よ」
「……あ、飯、来たみたい。ドリンクとってくるよ、何にする?」
 どうにも矛先が外れないので、そんなことを言いがてら、そそくさと席をはずす。とにかく、こういう場は苦手だ。気の利いたことなど言えないし、笑いをとれるような技術もない。子供のころから家業を仕込まれた弊害が、こうした気後れである。クラい、ジジむさい、つまらない、そして最後が、笑わない。
「――でさあ、こう言うのよ? 『私はレギュラーですから』って!」「ムカつく~。たった3回きりの番組じゃないの」「どうせ次のオーディションは落ちるに決まってるって!」
 戻ってみると、ようやく話題は他へ移ったようだ。静かに席につきながら、心のなかでは早く切り上げたいとばかり願っていた。

 帰ってこられたのは、全員を最寄り駅まで送り届けてからだ。同席しただけで、本業よりも疲れた気がする。
「……図々しいというか、たくましいというか」
 若者らしく無邪気なだけ、そう思えなくもない。ただ、自分にしても同年代なのだ、その違いはなんだろう。
「う~ん」
 鏡にむけて、笑いかけてみる。しかしどう頑張ってみても、穏やかな微笑が関の山だ。
 普通の家とは違うことに、気づいたのはいつのころだったろう。我が家では、いざ葬儀の準備となると、終わるまで笑わないのが通例だった。喪に服している依頼主に、失礼にあたるからだ。ご近所付き合いが密だったから、子供だからといって、許される雰囲気ではなかった。
「……あれで、笑えなくなったんかな」
 布団に寝転がると、仏壇の向こうにずらりと並ぶ、先祖代々の写真。生前が知れるのは曽祖父までだが、笑顔が思い浮かぶ人は、ひとりもいない。

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