小説

『葬儀屋』空亡(『河童(妖怪)の伝承』)

 川中氏のおかげもあって、店は繁盛した。例の娘をありがたく嫁にもらい、ふたりの子宝にも恵まれた。もちろん、人間の子供である。妻によると、河童同士でないと河童は生まれないのだそうだ。
「――社長、新規のお客様ですが、いかがしますか? 高橋様からのご紹介だそうですが」
「わかった、私が出てくるよ」
 もとより私は今も、現役だ。お客様と直に会って話を聞き、人生の最後に安心を届ける――。そのためにはやはり、自分で動いたほうがいい。
 連絡のあった界隈には、モダンな家が立ち並んでいた。“芦田”という表札を見定め、インターフォンで挨拶をする。出てきたのは、制服姿の少女だった。
「――黒良さんですね、芦田です……ご、ごめんなさい、声が枯れてしまって……」
 長く泣き続けたのか、目が真っ赤に腫れている。
 招かれた先は、当世風の応接間だった。少なくはない人でごった返していて、誰もが泣いていた。対応してくれたのは、故人の娘だという芦田夫人。疲れ果ててしまっていて、立ち上がることすら難しい様子だった。おそらくは死にまつわる介護を、彼女が付き切りでなしていたのだろう。
「……葬儀は、家で、って、お母さんが。だ、だから、ここに、すみません……お棺を用意して、欲しいんです」
 その涙声に、真摯に耳をかたむける。
「はい、承知しました。この季節、ドライアイスなどもご用意したほうがよろしいかと。お母様の、ご身長のほうは、いかほどになりますか」
 そこで夫人は、言葉につまった。
「……あ、ええと……身長は153センチ、なんですが……」
 現実的な対応は、まだ辛いのだろう。そう察した、瞬間だった。
 バッ!
 彼女の手が、布団をはねのけていた。同時に、意を決したような声が響いた。
「――この体が入る棺を、用意していただけますか?」
 とたんに周囲は、静まり返った。
 私はつい、状況を忘れて驚いていた。寝かされている老婆には、六本の足がついていた。長い腰に、横から二対の足が出ている。それが通常の足とともに、座禅するかのように組んである。まるで昆虫の蛹に、人間の頭を移植したかのような姿だった。
 パタッ、パタパタパタッ
 さらに耳には、小刻みな足音が聞こえてきた。いらだちか、緊張によるものか。誰かがすぐそばで足踏みをしている――見えない足で。
「……――」
 そう気づいたとき、逃げ出したい衝動に駆られた。周囲の視線は耐えがたく、背中には冷や汗がしたたり落ちた。
 しかしそこで聞こえてきたのは、やはり父さんの声だった。
 早まるな。死因は明快だし、それは医師の判断に任せろ。葬儀屋がすべきことは他にある。なによりお前はここの人々に、確かな悲しみを感じたんだろう、と。
 ……ちょっと待ってくれよ、父さん。

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