とくに父は、秀逸だった。穏やかな、達観じみた顔として有名で、それが崩れたのは連れ合いを亡くした時だけだ。つい最近、通り魔に刺されて亡くなったが、その死に顔でさえ、いつもの穏やかな顔だったのだ。
「……もしこれが、父さんからの遺伝だとすると、もう逃れようがないな」
ある意味においては、高い職業意識の表れだ。黒いスーツと同じく、葬儀向けの顔である。しかし必要に応じて脱げなければ、やはり不便だ。しかも今や、そういった公私混同型の仕事一筋は、かなり時代遅れ。結婚の前に恋愛が必須とされる現代では、嫁の宛てもない。由緒だけは正しいこの店も、もはや当代限りか。
ため息をつく。
たしかに、無条件で楽しいといえる仕事ではない。それでなくとも宗教思想や集団意識が薄れ、儲からない仕事となりつつある。だが、この小さな店を頼りにしてくれる古くからの顧客は、少なくない。彼らと直に会って話を聞き、責任をもって叶える。「これで不安なく死ねる――」。決してポジティブとはいえない人生の最後に、安心を届けるのである。これほど達成感を感じる仕事は、おそらく自分には無いだろう。
そんな事をつらつら考えていると、昼間の疲れとともに眠気が襲ってきた。
翌日は営業回りだ。これまでの顧客のほかに、病院や老人ホームにも出向く。ただ、そういったところは大抵すでに大手と提携していて、断られることが多い。伝統だけでは、遺族のニーズに応えられないことも多い。
そこに、急な連絡が入った。顧客からの紹介で、すぐに現地にきて欲しいという。車のなかでネクタイだけ変えて、カー・ナビゲーションに住所をいれる。幸い、さして遠くない。パーキングに車を置き、そこからは徒歩でむかう。
「……ここか」
ずいぶんと広い庭、立派な門構えだった。川中、とある表札を確認し、インターフォンを押す。
「――はい、お待ちしておりました。どうぞ庭をぬけていらしてください」
そんな声にしたがうと、がっしりした松の木や、繊細な紅葉の枝に迎えられる。やがて、竹林を背にした重厚なつくりの日本邸宅が現れた。
「……?」
そこから男が二人、こちらにむけて歩いてくる。家人とは思えず、おそらく同業者だ。ふたりとも深刻そうな面持ちをして、押し黙っている。すれ違うことにも気づかない様子だ。
「――黒良さんでございますね」
首をかしげていると、玄関口から声がした。着物に割烹着という出で立ちの、柔和な印象の老女だった。
「はい、黒良でございます。この度は、ご愁傷様でございました」
まずは深く頭をさげる。当店の方針で、葬儀が本決まりになるまで名刺は出さない。いかにも商売です、という仕草は、遺族の悲しみにふさわしくないからだ。
「どうぞ、こちらへ」