小説

『アリとキリギリス』朝霞(『アリとキリギリス』)

 今日こそは文句を言ってやらなくちゃ。
「アリ」の暮らす家の近所に「キリギリス」がやって来たのは、つい先日のことです。以来、働く様子もなく、数日置きに夜じゅう歌い通します。「キリギリス」はそういうものと女王様に聞いて知ってはいましたが、「アリ」は腹に据えかねていたのです。
 いかにも楽しそうに歌いやがって。何もこんな日に歌わなくたっていいじゃないか!
 月明かりの下、蒸し暑い風が吹くなか、「アリ」は「キリギリス」を睨みつけました。「キリギリス」はギターを弾いていた手を止めて、尋ねました。
「何か用?」
「あの、その、」
言わなくちゃ。言うんだ。
「君の、その、歌についてなんだけど、」
「僕の歌を聴いてくれたの? ありがとう!」
「えっ」
「嬉しいな、反応をくれたのは君が初めてだよ。他の『アリ』はみんな、興味がなさそうにして、立ち止まってもくれなかったんだ」
 うるさいからやめろ、とは言いづらい雰囲気です。そんな「アリ」の逡巡には全く気づかない様子で、「キリギリス」はにこにこしています。しかし、今日こそは言うと決めたのですから、言わないわけにはいきません。
「僕は今日、仕事で嫌なことがあってね。それだのに、君がさも楽しげに歌っているものだからさ」
 だから、頭に来たし、歌うのをやめてほしいんだ。だって僕はこんなに悲しいんだもの。
「キリギリス」は深く頷いて、またギターを弾き始めました。
「なら、悲しい感じの曲にするね!」
 違う、そうじゃない。
 予想と違う答えに「アリ」は、いらいらと声を荒げました。
「僕の辛い気持ちも考えて、ちょっと黙ってくれないか。皆が皆、君みたいにお気楽で楽しく生きているわけじゃないんだよ」
 ところが、「キリギリス」はきょとん、と首を傾げました。
「君が悲しいと、僕が楽しく歌ってはいけないの? なぜ?」
 言葉に詰まる「アリ」になおも、
「悲しいのが辛いなら、二人で楽しくなれるようにした方がいいじゃないか。仕事って、何があったの?」
「それは……、ちょっと、ミスをして……、それで、上司に怒られて……、」
「わかった、」
 言うなり、「キリギリス」は見たこともないほど速くギターを弾きながら歌い出しました。
「FuckYou上司のクソ野郎テメェのちいせぇケツにぶっ挿すぜ拳を」
「待って待ってちょっと待って」

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