小説

『アリとキリギリス』朝霞(『アリとキリギリス』)

「歌えるさ。二人で春を迎えるような、そんな奇跡を神様が叶えてくれるなら」
 だってね、と「キリギリス」は笑います。
「正直を言って僕には『アリ』の区別がつかないけど、君だけは、ああ、君だ、ってわかるんだ。同じ『アリ』に生まれても違いが出てくる。誰だって経験で変われる。何だってできるさ」
「アリ」は咄嗟に答えることができず、ただ頷きました。
「……そろそろ仕事に戻るね。君は何か食べなくて大丈夫? お腹に物が入らないかもしれないけど、蜜ならどうだろう?」
「蜜?」
「『アリ』は体内に蜜を溜めて、他の『アリ』に飲ませることができるんだ」
「へぇ。蜜なら飲めるかな。貰おうか」
「キリギリス」の痩せ細った身体を抱き寄せて、「アリ」は口から口へ蜜を飲ませました。すごく甘いね、と「キリギリス」は笑ったようでした。
「『アリ』どうしは口移しで、蜜だけでなく情報も渡すから、もし君が『アリ』だったなら、言葉にしなくても口移しで心が伝わるのにな」
 伝わってくれればいいのに。
 僕は君の歌が、君のことが、今までもこれからも大好きなんだよ。
「情報伝達フェロモンだね。『せんせい』に聞いたな。でもさ、」
 「キリギリス」は言います。まるで、何でもないような調子で。
「僕が『アリ』なら、きっと僕たち、出会わなかった。僕は、僕と違って『アリ』である君が好きだよ。君が、『キリギリス』である僕を好きでいてくれているみたいに」
 こころが、
 伝わって、
 「アリ」の息が止まった、そのときです。
 急に部屋の中に、数人の「アリ」が入ってきました。先頭にいるのは上司です。寄り添う二人の姿に、ふん、と鼻を鳴らして言いました。
「お前、仕事をサボって何してる」
「……仕事です。僕は働けない『アリ』の世話を、」
「そいつは『キリギリス』だろう」
 驚く「アリ」に、上司は吐き捨てました。
「やっぱり、そうなんだな。女王様から命令があった。その『キリギリス』を食料庫に連れて行け」
「待って!」
「お前には目を掛けてやっていたのに、こんな所で遊んでいたのか」
「僕は自分の仕事はやっています! ちゃんと時間内に終わらせて、」
「なら、その『キリギリス』がいなくなれば、その分もっと働いて生産性が上がるじゃないか」
 絶句する「アリ」に上司は言い放ちました。
「どうせ働きもしない『キリギリス』なんかに現を抜かす暇があったら、もっとマシなことをやれ。本の一冊も読んだらどうだ?」
「アリ」は、
「僕の大切を踏みにじるな!」
 激昂して叫びました。

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