小説

『アリとキリギリス』朝霞(『アリとキリギリス』)

「なんだい?」
 尋ねる「キリギリス」を四本の腕で強く抱きしめます。苦しいよ、と笑って「キリギリス」も柔らかく「アリ」を抱きしめました。
「キリギリス」に頬ずりをしながら、「アリ」は溜息を吐いて言いました。
「僕に考えがある」

 
 薄暗い部屋の中、「アリ」が「キリギリス」に声を掛けました。
「寒くない?」
「大丈夫。地下って暖かいんだね」
「キリギリス」は答えます。他の「アリ」の姿は見えませんが、此処は「アリ」の巣の中です。
「君の仲間もよくしてくれるし」
「そりゃあ、君を『アリ』だと思っているからね。僕たち『アリ』は目が良くないから、匂いで仲間を判別する。君を抱きしめて僕の匂いをつけておいた。動かないでじっとしていれば、働かない『アリ』だと思われて世話してもらえる。だから、僕以外の『アリ』の前で歌っちゃいけないよ。君が『キリギリス』だとバレたら、食料にされてしまうからね」
「えっ」
「寒さを凌げれば大分違うと思うんだ」
「君、肉食なの?」
「何でも食べるよ。君だってそうだろ? 此処なら食料もあるし、冬を越せるんじゃないかな、どう思う?」
「あ、いや、ちょっと驚いたっていうか、はい、だい、大丈夫、大丈夫だと思います、はい」
「落ち着いて?」
そわそわする「キリギリス」に、「アリ」は言いました。
「春になったら外に出よう。此処にいれば、きっと大丈夫。君の歌も、また思い切り歌えるようになる」
 言葉とは裏腹に、「アリ」は「キリギリス」から目を逸らしました。
秋が来てからというもの、「キリギリス」は急速に痩せていきました。「アリ」と二人きり、小声で歌うときも、あの綺麗な高い声はもう出ません。音程も危うくなり、あんなに滑らかにギターを弾いていた手元も覚束なくなりました。
それでも、「アリ」は暇を見ては「キリギリス」の歌を聴きにやって来ました。そうしないではいられませんでした。
「また二人で楽しい日々に戻れるさ、きっと……」
そう「アリ」が呟くと、「キリギリス」が返しました。
「二人で?」
「うん。嫌だったりする?」
「キリギリス」は困ったような、泣きたいような、でも確かに嬉しいのだというような表情をして、はんなりと微笑みました。
「とんでもない。楽しみだよ、僕も。何の歌を歌おうか?」
「何でもいいよ。君が歌いたいものなら」
 だって、君が好きなものならそれは、僕にとっても素敵なものに決まっているから。
「君が楽しそうに歌ってくれるだけで、僕はすごく楽しいんだ」
「君も一緒に歌うんだよ」
「……僕は歌えないよ」

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