いつの間にか空は晴れている。まっ白でまるい雲がのどかに流れている。渡り鳥の群れが三角形に隊形を整えながら飛んでいく。波音はくり返しささやき、船の汽笛が海の端から響いてくる。海風は潮の香りと、どこかで咲いている花の香りを運んでくる。松並木は太陽の光をまだら模様にして地面に写し、節くれ立った枝が踊っているように揺れている。草むらからは虫の音が聞こえ、ときどき小さな虫が草から草へと飛んでいく。
一番近くに生えている松の木の後ろから女が姿を現わした。よく見るまでもなく、それが青年の恋人ということはすぐにわかった。おそらく松の木の裏に隠れて、ずっと青年の様子を見ていたのだろう。恋人の顔にはどこか青年を気遣うやわらかな眼差しが秘められていた。
「僕は右の道、左の道、どちらに行ったらいいんだろう」
弱気になっていた青年は普段では聞かないようなことを恋人に聞いた。
「自分で決めることじゃないかしら」
一見冷たく突き放したようであったが、恋人の口調は優しかった。
「僕はたとえ貧しくても人生を絵に捧げて納得のいく絵を描きたいんだ。でも僕は君と結婚して家庭を持って、金に苦労させたくはないとも思っているよ。子供も欲しいし、家だって欲しい。普通の家庭を持ちたいとも思っているんだ」
「もう答えは出ているじゃないの」
恋人はほほ笑みかけた。