「んで、太宰はどうして自殺しようとしていたの?」
「あの、だから、太宰は勘弁してもらってもいいですか?」
「あ、分かった。太宰の真似をしようとしたんでしょ?でも、本当に太宰の真似をするなら飛び降りじゃなくて入水自殺じゃなきゃ。それに、素敵な愛人を連れていないと完全なるオマージュとはいかないよ」
「いや、オマージュをしようとしたわけじゃなくて、本当に、死のうと思っていたんです」
俯き気味に言った僕の視界に、彼女の顔が少しだけ映った。想像に反して、彼女は落ち着いた表情をしていた。「ふーん、じゃあ、まあ、座りなよ」と彼女は言った。僕は彼女に従った。
「自殺をしようとしたのは、文章を書いても太宰のようになれなかったからってこと?」
彼女はコンビニ袋からまた缶ビールを取り出し、プルタブを引いた。『太宰』という呼び名についてはやはり羞恥心が芽生えたものの、もうどうでもいいような気持ちになっていた。どうせ何を言っても彼女は僕を太宰と呼び続けるのだろう。
「はい。太宰のようになろうと思っても、僕の文章は一向に評価されなくて、嫌気が指して」
話しながら僕は何だか気恥ずかしくなり、一口ビールを飲んだ。まるで油を飲んでいるみたいに、胃の中が重たくなった。
「まだ若そうだし、今いい文章が書けなくても、いつか世界があっと驚くようなものが書ける可能性だってあるんじゃない?それなのに、死んじゃうの?」
「その可能性もあるけど、ある時急に自分の書いているものが陳腐なものに思えて、文章が書けなくなったんです。今まで僕は太宰のようになるという目標をひたすら追い続けて来ました。それを失った今、自分自身が廃人になったような気がして。これなら死んだ方がましだと思ったんです」
「私たちの知ってる太宰は、とても素直で、よく気が利いて、あれで文章さえ書かなければ、いいえ、書いても・・・神様みたいにいい子でした。って誰かに言われちゃうね」