小説

『揺れ、そして凪ぐ』リンゴの木(『竹取物語』)

「おめでとうございます!工場長だなんてすごいです」
「細竹さんのおかげだよ。細竹さんに褒められると、何故だかやる気になっちゃって」
細竹さんはただふわりと笑う。もっと細竹さんに認められたい、そう思うと頑張らないといけない気持ちになる。

「へい、それじゃあ新しい会長さんを紹介します」
今日は年1回の工場長総会だ。工場長を統括する工場長長のさらに上の工場長長長のまた上の上の上のそのまた上、の上くらいにいる町の会長が交代するらしい。世襲で100年くらい続いているらしく、顔を見たことも名前を聞いたことも無い。一市民と天と地ほどの差があるその人こそ町の代表ということになっているのだから変な話だ。
「へい、新会長さん。何か一言お願いいたします」
「新しく会長に就任することになりました細竹と申します。これまでいくつかの工場を見学させていただき、この町の根幹である工業の素晴らしさを体感いたしました。工業がますます発展するようこちらも尽力いたしますので何卒宜しくお願い致します」
よくある当たり障りのない挨拶を淀みなく話すその人は、あの細竹さんだった。いつものふわりとした笑顔を貼りつけている。驚きとともに諦念がじわじわと身を侵食した。そうか、細竹さんはあちら側の世界の人だったんだ。きっと私がどれだけ頑張っても認められるはずなんてない。
 これまでのやる気が嘘のように手を抜くようになった私は、工場長を任せられないとされ役所に飛ばされた。役所では何十年も前に出来上がった仕組みがこなされるだけで、機械相手の時のようなイレギュラーも存在しない。空虚な頭は思考することなく、出産届に判を押すだけの仕事をしている。まるでアームを動かすマシーンのよう。

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