小説

『揺れ、そして凪ぐ』リンゴの木(『竹取物語』)

 皿とマグカップを流しに置くと、歯を磨きつつ着替えを済ませる。ジリリリリ、おっとこれは呼び鈴の音。橋本かな?狭いワンルームの中でどたばた玄関に向かう。
「おはよう」
普段通りひっつめ髪でダウンコートに身を包み、ジーンズを穿いた橋本が立っていた。
「おはよう」
私は挨拶を返し、部屋に引込む。軽く口紅を引くだけで化粧は済ませ、ハンドバッグを掴んだ。

 洞穴のように暗いアパートメントから這い出て、通りに出る。出勤する人の流れに二人で加わる。どの顔もどんよりとしている。私も同じような顔を貼りつけていることだろう。頭をどこかに置いてきたように覇気のない軍団の行進は、道沿いのアパートメントから吐き出される人々を巻き込みつつ、延々と続いている。数分歩くと職場の食器工場が見えてくる。
「今週の目標製作数、先週の1.1倍だってね」
橋本がもぐもぐ口を動かして言った。
「まあ、適当でいいでしょ。どうせどんな物をいくつ作ったって給料は変わらないんだから」
私も、もそもそ答える。ずっと目標通りに作られたとしたら、町は食器で溢れかえってしまう。目標を発表する方だってまさか達成するはずないと思っているのだ。私たちはのそりと工場の入り口に飲み込まれた。

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