小説

『ひとつくらいは手を貸そう』有栖れの(『天狗の羽団扇』)

――×組は可哀想に
――去年と同じ、ほらあのあたり全員一緒、担任もあの顧問で持ち上がりじゃん
――ゴウリテキではあるよな。俺は絶対同クラ嫌だけど
――まじで不登校になりそう
――○○はどうした?
――もう転校したらしいよ
 喧騒の中に、ひそやかに流れる暗がりの声。 
 始業式が始まっても、片隅の集団――柔道部は騒ぎをやめない。誰も注意することはない。
 きっと探せばよくある話なのだろう。この学校の柔道部は強く、それなりの成績を残している彼らの傍若無人な振る舞いは、古式ゆかしい事なかれ主義のもとに目を瞑られる。

 しっかりと×組に振り分けられていた少年の頭はまだ夢現だった。久しぶりの朝早い登校で眠たかったのもあるし、現実逃避をしていたのかもしれない。
 ぼんやりとした思考のまま、朝礼台に上がった新しい教頭をみていた。灰色の髪と目元の皺は確かな年齢を感じさせるが、春の陽気に照らされた頬と唇は血色がよく、隣に立つあまり生気のない校長より優に頭一つ高い長身はぴしりと背筋が伸びて若々しい。生徒たちを前に、低い声が穏やかに自己紹介を紡ぎはじめるが、頭には何も入ってこない。女子生徒たちがひそひそと興奮気味に囁きあう声のほうが耳についた。確かに鼻が高くはっきりした顔立ちは女性からの支持を得そうだが。
 本当に何とはなしに、“花より団子、というか酒が好きそうだな”とまで考えて、少年は小さく欠伸を噛み殺した。

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