小説

『ひとつくらいは手を貸そう』有栖れの(『天狗の羽団扇』)

 彼らは変わらない。
 咎められることはないという驕りに後押しされた彼らは止まることはない。
 校舎の窓ガラスが何枚も割れたが、梅雨時の湿った空気は重たく、風通しは一向によくならない。
 少年は、何度か配布物を渡しに友人の家に立ち寄った。去年は俺も同じことをしたよ、と友人は力なく笑う。見たことのない顔をしていた。
 柔道部は予選を勝ちすすんだようだった。

 行きついた先は、まばらな星が瞬く空のもと。
 柔道部の面々は地区大会を終えて、深夜にたむろっていた。
 そこに、少年は本当にたまたま――塾の帰り道に出くわしてしまったのだ。
 そして、普段なら決して、決してそんなことはしないのに――返ってきた模試の結果が悪かったせいだろうか――嘲るように投げつけられた酒の空き缶を踏み潰し、彼らを数言煽った。思い返せば随分と感情的な言葉だった。思ったよりもはるかに声が出た。
 きっと気が大きくなっていたのだろう。彼らは少年を突き飛ばし囲んで腕や胸倉をつかみ上げ、少年は無我夢中で相手の向う脛を蹴りつけた。もみ合いになった最後に、少年が見たのは、鋭い銀色の閃きと、一瞬後に目の前に滑り込む誰かの影だった。ひゅう、と風切り音が聞こえる。

――気をつけて帰りなさい

 
狭いコミュニティのことではあったが、翌々日には、その殺傷事件は広く知れ渡っていた。
――柔道部が、人を殺した。
――監督責任を問われていた顧問が、捜査の一環で別の容疑――賭博らしく、言われれば最近異様に羽振り良さそうに大きな顔をしていたとか――が浮上し捕まった。
 彼ら柔道部の面々にとっての不幸は、殺傷事件の被害者が完全なる部外者であったこと、学校ぐるみで庇い通せる範疇を大きく超えていたことと――閑散とした夜更け、しかも部員たちは罪と関与、疑惑を恐れて一斉に逃げだしていたらしいにも拘らず、誰かから詳細な目撃情報が提供されたらしいことであった。

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