小説

『ひとつくらいは手を貸そう』有栖れの(『天狗の羽団扇』)

 暗さで表情がうかがえず、ただでさえ威圧感のある長身に一瞬竦みはしたものの、このまま酒など手元に持っていても仕方がない。
 大股で数歩を詰め、握った缶を突き出す。向き直った男は腕に他数本の缶と瓶――おそらくどれも酒だ――を抱えており、そこに落ちた缶ビールを少し慎重に、差し込むように乗せ直してやる。俯いたせいでマフラーにすっぽりと覆われた口元が少し息苦しかった。すぐに2歩下がる。
「どうもありがとう」
 頭上から響く、しっかりと低く、笑みを含んだ声。
 反射的に振り仰げば、ぼんやりとした光に照らされて、驚いたことに予想以上に年齢を感じさせる、しかし端正な顔がこちらを見下ろしていた。
 白髪の多いグレーヘアに、皺の刻まれた目元。秀でた額と高い鼻。
 どこか異国を思わせる空気をまとい、煌々とした瞳が僅か愉快そうに撓む。
「気をつけて帰りなさい」

 新年度。
いくら見たところで変わらないクラス分けの掲示板をたっぷり5分は眺めた後、少年はゆっくりと校庭へ足を進める。古めかしく桜がぐるりと植えられたそこは、片隅の酒宴のごとき乱痴気騒ぎさえ気にならなければ大層に美しかった。
 自身のクラス列付近で整列を待つ人の輪になんとか紛れながら、まだ回りきらない頭に周りの情報を流し込んでいく。

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